
東北大発ベンチャーが挑む半導体革命:AIチップで日本の人手不足を解決する 地方から世界へ、
VOL.73
トウキョウ アーチザン インテリジェンス株式会社(TAI)
2020年のコロナ禍をきっかけに設立されたトウキョウ アーチザン インテリジェンス株式会社。わずか数年で鉄道、養殖業、ハウスメーカー、高速道路など多岐にわたる業界から引き合いを受けるまでに成長した。そして2025年11月、同社は日本のベンチャー企業としては極めて異例の挑戦を発表した。台湾の半導体製造大手UMCおよびマレーシアのOppstarと提携し、日本初となるAI特化型FPGA(書き換え可能な半導体チップ)の開発に着手したのだ。東北大学教授でありながら同社CEOを務める中原 啓貴 代表取締役は、AI技術と半導体チップの開発を通じて、深刻化する日本の人手不足問題に正面から立ち向かっている。
■コロナ禍が生んだ偶然の起業、そして急成長への道

「東京工業大学で教鞭を取っていた2020年、新型コロナウイルスによる世界的なロックダウンが彼の人生を変えました。それまで毎月2、3回は海外の国際学会に出席していた研究者としての生活が突如として停止し、時間を持て余すようになったのです。そんな折、共同研究を行っていた企業の社長から『会社を作ろう』と誘われたことが、すべての始まりでした」と話す中原代表。
設立されたトウキョウ アーチザン インテリジェンス株式会社。当初は研究活動の延長線上にある小規模な事業を想定していた。しかし、市場の反応は予想をはるかに超えるものだった。特に転機となったのは2年前、東北大学に移籍し仙台に拠点を移してからだ。東北という地方都市を拠点としながらも、同社の技術は全国の大手企業から注目を集めるようになった。
社名の「アーチザンインテリジェンス」は、匠や職人を意味する「アーチザン」と人工知能を組み合わせた造語だ。日本のモノづくりとAI技術の融合という同社のビジョンを的確に表現している。ロゴマークは魚の鯛をモチーフにしており、これは最初の実用化事例が魚の養殖場でのAI活用だったことに由来する。アルファベットのAとIを組み合わせた魚のデザインは、技術と伝統産業の架け橋となる同社の姿勢を象徴している。
■2030年、日本を襲う人手不足の現実
同社のビジネスモデルを理解するには、まず日本が直面している人手不足の深刻さを認識する必要がある。統計データによれば、今後数年で日本の労働力人口は約1割減少すると予測されている。これは単なる数字の問題ではない。コンビニエンスストアのアルバイト時給が1000円を超えても人が集まらない、深夜勤務や過酷な現場作業には高給を提示しても応募者がいないという現実が、すでに各地で起きている。
そこで中原代表が考えたのがAIによる人材問題解決だ。
「政府は移民政策でこの問題に対処しようとしていますが、移民受け入れが必ずしも解決策にならないと考えています。AIとロボット技術を活用して、移民に頼らない人手不足解決を目指しています」と話す。現在の技術水準であれば、多くの作業を自動化でき人材問題に大きなソリューションを提供できると考えている。

■データの山に埋もれる企業たち:パターン1の課題

同社に寄せられる相談は、大きく分けて2つのパターンに分類される。
第1のパターンは、すでに大量のデータを保有しているものの、その活用方法がわからず人力での処理に頼っているというパターンだ。
「多くの大手企業は人手不足問題を認識し、ドローンやカメラ、各種センサーを導入してデータ収集を進めています。しかし、集めたデータの処理が追いつかず、結局は大量のアルバイトを雇って人間が目視でチェックするという本末転倒な状況も生まれています」と中原代表は話す。
同社のAIソリューションは、こうした企業が抱える「ラストワンマイル」の課題を解決する。カメラで撮影したデータをAIが自動的に分析し、危険箇所や異常を検出してリスト化する。人間は最終確認だけを行えばよく、20人で3ヶ月かかっていた作業が1人で数日に短縮される。
「踏切の通行量調査では、カメラを設置して録画したデータをAIに渡すだけで、短時間で自動的に人数や自転車の台数を集計し、国土交通省指定のフォーマットで報告書を作成してくれます。高速道路会社や電力会社の発電所点検でも、同じパターンの課題が存在し、弊社のソリューションが導入されています。」
■エッジAIという革命:パターン2の挑戦
第2のパターンは、もっとリアルタイムに現場でAIの活用をできないかという相談だ。
そこで開発されたのがリアルタイムで点検や判断を行う「エッジAI」。データを事業所に持ち帰ってAIで分析するのではなく、現場にコンピューターを設置し、リアルタイムで点検や判断を行うというものだ。
「エッジAIで3つのメリットを提供できます。まず通信コストが削減されるというメリット。次に自動運転や緊急性の高い点検での通信遅延をなくせるというメリット。さらに、個人情報漏洩やサイバー攻撃のリスクを避けられるというメリットです。」
この「エッジAI」のひとつの事例を紹介しよう。
新幹線の始発前に走る点検車両での活用事例。この車両は時速100キロで走行しながら線路上の異物を検出する。従来は運転手とカメラ監視員の2人体制だったが、100キロで走行中に異物を発見してもブレーキが間に合わないため、車両前部には強力なバンパーが装備され、異物を跳ね飛ばしていた。同社のエッジAIカメラを搭載することで、人間の代わりにリアルタイムで異物を検出し、ワンマン運転が可能になった。この技術は2025年時点ですでに九州新幹線で実用化されているという。
「2026年度からは、さらに高度な線路点検システムが導入される予定です。車両の下部に高性能カメラを設置し、線路の傷をリアルタイムで検出します。新システムでは、車両内のエッジAIコンピューターがカメラ映像を即座に分析し、傷を発見した瞬間に位置情報とともに通知します。これにより、翌日すぐに補修作業が可能になり、深夜の危険な点検作業が不要になります。」

■半導体チップ開発への挑戦:限界を超えるために

順調に事業を拡大してきた同社だが、ここで壁に直面した。複数のAIソフトウェアを同時に動かそうとすると、コンピュータの消費電力が増加し、筐体がオーバーヒートして故障してしまうというものだ。消費電力を抑えながら処理能力を向上させるには、半導体チップそのものを再設計して消費電力を最適化する必要がある。この課題を解決するため、同社は2025年11月、台湾のUMCおよびマレーシアのOppstarと提携し、AI特化型FPGAの開発を発表した。
「FPGAとは、Field Programmable Gate Arrayの略で、製造後にプログラムを書き換えて機能を変更できる半導体チップです。通常の半導体チップは特定の機能に特化して設計されていますが、FPGAは内部のメモリに異なるデータを書き込むことで、様々な用途に対応できます」と話す中原代表。
電卓の例で言えば、足し算の結果をメモリに記憶させておき、入力に応じて結果を出力する。メモリの内容を書き換えれば、掛け算や割り算にも対応できる。配線の接続も同様に、トランジスタとメモリを使って動的に変更できる。
FPGAにも欠点がある。どんな用途にも対応できるよう設計されているため、使用しない部分が無駄になり、専用チップに比べて効率が悪い。そのため、世界の半導体市場が約100兆円規模であるのに対し、FPGA市場は約2兆円にとどまる。しかし、日本のトップクラス企業の売上に匹敵する巨大市場だ。
中原代表はFPGAに関する戦略を次のように語る。
「FPGA市場は現在、米国のAMDとIntelから売却されたAlteraの2社がほぼ独占しています。TAIはこの寡占市場に、AI特化という差別化戦略で参入したいと考えています。」
養殖業向け、鉄道点検向けなど、特定用途に特化したFPGAを提供することで、少量多品種のニーズに応える戦略だ。

■2兆円市場への挑戦:日本発の半導体AI企業を目指して
同社の長期ビジョンは明確だ。2028年から2029年にかけて東京証券取引所グロースマーケットに上場し、その後プライム市場を目指す。
既存のエッジAI製品を鉄道、養殖業、ハウスメーカー、高速道路、電力会社など多様な業界に展開する。鉄道業界での実績を積み上げる一方、地方鉄道向けには機能を限定した低価格版を提供する。商社との提携により、全国展開を加速させる計画だ。
最終的には、国産半導体チップの製造も視野に入れている。将来的には、自社で半導体工場を建設する可能性も排除していない。「2兆円稼げるようになれば、ラピダスのように毎年1、2兆円投資して工場を作ることも可能だ」と中原代表は語る。
■日本の未来を変える可能性:地方発ベンチャーの挑戦
TAIの挑戦は、単なる一企業の成功物語を超えた意味を持つ。それは、日本が直面する構造的な課題に対する一つの解答だからだ。人口減少、地方の衰退、製造業の空洞化、技術力の低下といった問題に対し、同社はAI技術と半導体開発という最先端の武器で立ち向かっている。
特に注目すべきは、地方都市である仙台を拠点としながら、全国規模のビジネスを展開している点だ。東京一極集中が進む中、地方に優れた技術と人材があることを証明している。東北大学という研究機関の存在が、この挑戦を可能にしている。大学の研究成果を社会実装し、地域の課題解決に結びつける好例と言えるだろう。

「AI特化型FPGAチップができたら、世の中は変わるかも知れません」と予測する中原代表。
日本の製造業とテクノロジー産業の未来は、決して暗くない。地方から、ニッチ市場から、着実に実績を積み上げている。この挑戦が成功すれば、日本のベンチャー企業の新しいロールモデルが誕生することになるだろう。

トウキョウ アーチザン インテリジェンス 株式会社
神奈川県横浜市港北区新横浜2丁目3−12 新横浜スクエアビル14階
https://tokyo-ai.tech/

































