地域の文化に貢献する、画伯の精神(スピリット)脈々と。

Vol.18
塩竈市杉村惇美術館

1946年、ある画家が塩竈の地に降り立った。
後に「静物学者」として親しまれることになるその画家の名前は杉村惇。東京生まれ東京育ちの彼の目に、港町としての活気に溢れた塩竈の風景は何もかもが新鮮だった。そこから得たインスピレーションが、その後の彼の作風やテーマに大きな影響を与えたと言われる。
特筆すべきは、彼はただ絵を描くだけではなく、地元の人々との交流、地域とのつながりを大切にしてきたことだ。今年で75回目を迎える「塩竈市美術展」の審査員や、公民館の文化講座の講師を務めたこともある。
塩竈市杉村惇美術館はそんな杉村画伯の精神(スピリット)を受け継ぎ、地域のために、地域とともに、芸術・文化の発信拠点としての役割を果たし続けている。

公民館としての顔を持つ美術館

塩竈市杉村惇美術館(以下、杉村美術館)は、塩竈市のほぼ中心部、鹽竈海道から細道に入ったところにある小高い丘の上に建つ。
美術館が開館したのは2014年11月のこと。1950年に建てられた塩竈市公民館本町分室をリノベーションした建物は市の有形文化財でもあり、「昭和レトロ」という言葉がよく似合う。全国的にも珍しい木骨編板構造(集成材)で美しい曲線を描く大講堂をはじめ、歴史や文化を大事にするまちの文化の象徴として市民に永く親しまれてきた。館長の渡辺誠一郎さんによれば「公民館として市民の生活の一部となっていたからこそ、そこに美術館が誕生しても違和感なく受け入れられた」という。「杉村先生は画家でありながら、芸術・文化振興にとても熱心な方でした。そのため、この建物でも文化講座の講師を務めるなど積極的に文化活動に取り組まれていたのです」。

杉村美術館は公民館を併設している、という点でも県内の美術館とは毛色が異なる。その役割は主に4つある、と教えてくれたのは、学芸員の阿部沙斗加さんだ。「洋画家・杉村惇氏の作品の保存・展示、画家に関する調査研究を柱としつつ、市民のみなさんと協同でまちの記憶を収集したり、子どもたちへの教育普及などを通して文化・芸術振興の足がかりとしたり」。
例えば、美術館では定期的に市民を交えた「おしゃべり会」を開催し、杉村画伯が塩竈に滞在していた昭和20〜40年代頃の思い出話を集めている。それらを”まちの記憶”としてまとめ、未来に伝えていくことで、塩竈に根付く文化を守り、育てていこうとしているのだ。
そして忘れてはならないのが、杉村美術館が地元の「芸術・文化の発信拠点」でもあるということ。ワークショップや定期講座を通して地域の人々とつながり、芸術に対する感性を育むことも、大事なミッションと捉えている。

その一環として実施されているのが、「若手アーティスト支援プログラムVoyage」である。

若手アーティスト支援プログラムで、塩竈を「第2のふるさと」に

塩竈という港町から日本全国、そして世界に羽ばたいていってほしい、という願いを込めて「Voyage(航海、船旅)」と名付けられたコンペティション形式のプログラムは、杉村美術館が開館当初から一貫して行っている若手アーティストを支援する取り組みの一つだ。名付け親の一人である阿部さんは現在、Voyageの担当者として、広報活動から選考に関する業務、出展作家との調整などを行っている。「杉村美術館の企画展示室を使った展示プランを毎年8月ころから募集しています。条件は杉村画伯と同じく”塩竈圏域に何かゆかりがある”こと。絵画や彫刻などに限定せず、応募者には幅広い表現方法で作品を作り上げていってほしいと思っています」。

プログラムの中でも特に重視しているのが、応募者にまちとのつながりを深めてもらうことだ。「応募者の中には事前にまちや当館に実際に足を運び、リサーチして、まちの風景や特性を自分の作品の中にどのように落とし込めるかを検討する方もいます」という阿部さんだが、一方、事前リサーチをすれば必ず選定されるというわけではないのもこのプログラムの難しいところだという。「塩竈で展示したい、杉村美術館じゃないとダメなんだ、という場所に対する強い思い入れや明確なビジョンが表現されているかどうかも重要なポイントです」。
半年以上に及ぶ制作期間を通して”地縁”をつくり、塩竈を”第2のふるさと”として位置づけ、そこからステップアップする。作家目線に立てば、プログラムはそのきっかけを提供してくれるものとも言えるだろう。

大学教授や専門家を特別審査員として迎えて行われる審査を経て、出展が決まった作家は本格的に制作をスタートさせる。制作にあたっては応募時のプランのまま進める作家もいれば、さらなるリサーチによって塩竈に対する見方を変え、プランを変更したいと申し出る作家もいるという。「要望があれば地元の人と作家をつなぐパイプとしての役割を担うこともありますね」。
作家とコミュニケーションを取り、ときに地元の人たちとの対話を重ね、軌道修正しながら作品の方向性を固めていく。プロジェクトによるこうした制作活動について、阿部さんは美術館による「伴走」と表現してくれた。そこには、地元の人たちとともに文化を作り上げようとした杉村画伯の精神が確かに息づいている。

「アート・芸術」が持つ表現の多様性を考える

選定人数が一人になるか、二人になるか。展覧会の内容はどのようになるのか。審査が終わるまで誰にも分からないというのもVoyageの醍醐味だ。昨年は「波紋」を共通のキーワードとしたいわゆる「二人展」となったが、7月16日から開催されているVoyage2022は選定された二人の作家のパーソナルな要素が作品の核となっていたため、それぞれ「個展」として開かれている。「作家性を最大限引き出してもらいたい」という思いがプログラムの根底にあるからだ。
「ビジュアルアーティストの工藤玲那さんは、塩竈市の史跡『母子石』をモチーフに自身の母親との共同制作を構想し、母や自身のルーツとの向き合い方を考える試みを作品の中で表現しています。一方、映画監督の鈴木史さんは自身の経験に深く根差したジェンダーへの意識に基づく作品で、様々な鑑賞体験を提示しています。他者の日常に触れる作品群は、多様な表現に出会わせてくれます」と、Voyage2022の見どころについて語ってくれた阿部さん。二人の作品との出会いが、「芸術とは何か」という問いとともに、「アート・芸術」が持つ表現の多様性を考える一つのきっかけとなりそうだ。

Voyageの支援は展示が終わったあとも続く。「過去に出展した作家さんたちのグッズなどを委託販売しています。地元の酒造メーカーとコラボしてラベルに採用していただいたりもしました。海外での活動を希望されていたアーティストに、当館のネットワークを介してサポートしたこともあります」と実に幅広いサポートは、未来あるアーティストたちの安心感にもつながっているだろう。

作家にとっては「挑戦の場」、市民にとっては「学びの場」

阿部さんは、「Voyageは作家にとって実験的なもの、新しいことに挑戦できる場」でもあると語る。「杉村美術館はただ作品を展示するだけの場所ではなく、芸術や文化の拡張を図っていくという役目を開館当初から担っています。作家がいろんなことにチャレンジし、その完成形を私たち鑑賞者が目にすることで、改めて芸術表現の多様性やあり方を知る。長い歴史の流れの中で、それがやがて”塩竈文化”となっていくはずです」。

新型コロナウイルス感染症の流行により、多くのミュージアムが長期休館を余儀なくされ、文化活動の停滞が危ぶまれた時期があったのは記憶に新しい。そんな中県内でいち早く開館し、市民を対象としたワークショップを開催したのは杉村美術館だ。徹底した感染対策はほかのミュージアムの模範となり、研修の依頼を受けることもあったという。
現在は通常通りのイベントやワークショップなどを開催しているが、ときに入場制限を設けるなど対策は怠らない。
「杉村美術館では創作活動を通して杉村先生の作品を知っていただく取り組みも行っています。色鉛筆や折り紙、絵画教室などでは、先生の絵をモチーフとした作品を参加者につくっていただいています」。美術館に足を運ぶことのできない高齢者を対象とした企画も進行中だという。杉村画伯がモチーフに使用した「テラコッタ」や「魚」を折り紙で表現するというものだ。ゆくゆくは地元の介護施設のレクリエーションで活用してもらいたいというのが阿部さんたちの願いである。

杉村美術館だからこそできる文化活動の数々は、これからも杉村画伯の精神とともに、時代に合わせ、地域に寄り添いながら広がり続けることだろう。

若手アーティスト支援プログラムVoyage2022
鈴木史 個展「Miss. Arkadin」
工藤玲那 個展「アンパブリック マザー アンド チャイルド」

■会期:2022年7月16日(土)〜9月4日(日)
■会場:塩竈市杉村惇美術館(塩竈市本町8-1)
■料金:一般 500円、大学生・高校生 400円、メンバーシップ・中学生以下無料

塩竈市杉村惇美術館
住所:塩竈市本町8-1
TEL:022-362-2555
[美術館]
  開館時間/10:00〜17:00 ※入館受付は16:30まで
  休館日/月曜(祝日・振替休日の場合はその翌日)、年末年始
[公民館(本町分室)]
  開館時間/9:00〜21:00
  休館日/年末年始