海外市場で切り拓く、日本のものづくりの未来

Vol.24
門間箪笥店

伊達政宗公の時代に建具として作られたのが始まりとされる「仙台箪笥」。漆塗りの美しい色合いと光沢、龍や牡丹などの縁起物をモチーフとした飾り金具が特徴で、仙台を代表する伝統工芸品の一つとして、長く人々に親しまれてきた。
中でも門間箪笥店は、1872(明治5)年に創業した老舗の製造元だ。分業が多い仙台箪笥の職人界において自社工房でひと棹を誂えることのできる体制をいち早く整え、職人一人ひとりに各工程を任せながら、今日に至るまでストイックに仙台箪笥を作り続けている。
しかし、そんな老舗の製造元が今、若き社長のもとで変わろうとしている。これまで難しいとされてきた仙台箪笥の海外展開を進め、そのよさを国外に伝えることで、仙台箪笥だけではなく、苦境に立たされている日本の「手仕事」の可能性を広げようという試みだ。

「売れない」。仙台箪笥の老舗が直面した、現代の課題

江戸時代には多くの鍛冶職人が居住していたと言われる南鍛冶町の一画。創業当時と変わらぬ場所に建つ門間箪笥店の工房は、現代的な住宅街や道路の高架橋に囲まれているにもかかわらず、刻まれた歴史の重みを感じさせる趣のある佇まいで静かに訪問者を出迎えてくれる。
暖簾をくぐるとすぐ、「指物」「金具」「塗り」の表札が掲げられた3つの部屋が連なった工房がある。職人は3人。一人ひとりが各工程を担当し、熟練の技で一つ一つ丁寧に作り上げている。

「仙台箪笥は指物・金具・塗りの技が重なり合って生み出されるんです」と説明してくれたのは、門間箪笥店の代表取締役・門間一泰さん。伝統的な「三技一体」によって完成する仙台箪笥の魅力を国内外に広めようとあらゆる角度から模索し、仙台箪笥の技術を生かした現代の生活スタイルに合う家具を提案するプロジェクトを立ち上げるなどさまざまなことに挑戦してきた。

もともと東京のリクルート系の会社に勤務していたという門間さんは、東日本大震災を契機に仙台にUターンして家業を継いだ。経営者となって改めて感じたのは、「仙台箪笥を国内で販売することの難しさ」だったという。
「最近の日本では、いいものを長く使うというより、ファストファッションのようにそのとき必要なものを安価で手に入れるという傾向が強くなっています。仙台箪笥のような”一生モノ”はどうしても初期費用がかかってしまいますから、現代の価値観からすると敬遠されてしまうのでしょう」。いいものを作っているという自負に対し、世間の価値観との乖離に頭を悩ませた門間さんが目を付けたのが、当時まだ未開拓だった海外市場である。

香港で実感。危機脱却の鍵は海外にあり

「将来的に海外に進出したいという想いはありましたが、経営を継いだ当初はそこまで本気で考えていたわけではありませんでした」と話す門間さんだが、国内での販売状況に危機感を抱き始めるとさっそくさまざまな国で商品の展示や販売会に参加した。「知り合いの伝手で最初に出店したのがロサンゼルスでした。日本人も多く訪れる高級スーパーの一画で、それなりの販売実績を上げることができましたが、訪れるのは所得の多い現地の日本人ばかり。外国で販売する意味を感じられなかったため3年ほどで撤退することになりました」。

その後も輸出促進に関するセミナーやフェアに積極的に参加してなんとか活路を見出そうとした門間さん。次に注目したのは香港だった。2015年には香港の中でも特に活気のある中環(セントラル)と呼ばれるエリアにあるギャラリースペースで展示販売会を実施する機会に恵まれ、さらにそこで出会った香港崇光百貨(香港そごう)の店長の取り計らいにより、約1週間の小規模なポップアップショップを開くことができたのだという。


「仙台箪笥は決して安価なものではないので必然的にターゲット層も限定されてきます。セントラルは日本好きの高所得者層が多い街なので、腰を据えて事業を展開するにはちょうどいい場所でもありました」と、テストマーケティングを含めた数回に及ぶポップアップショップの出店で確かな手応えを感じていた。その過程で意識するようになったのが、ルームシーンをイメージした売り場展開だ。「仙台箪笥を引き立てる家具を選ぶことを最も重視しています。購入を考える人の多くは家具好きの方々なので、日本製のソファやダイニングテーブルなども合わせてコーディネートするようになってからは立ち止まって見てくれる方が増えました」。
仙台箪笥について見てみると、現地の人々から高い評価を得ているのは何よりそのカスタマイズ性だという。「香港は家具のほとんどを輸入に頼っています。そのため、部屋の広さや雰囲気に合わせて家具そのものを調整することはできません。しかし仙台箪笥は自社で製造したものを現地で販売するため、お客様の要望に応じたリサイズが可能。納品までに数か月を要する場合もありますが、その分、満足度が高くなっているようです」。

自社の経験を生かし、海外進出支援を実施

門間さんは現在、ものづくり企業を対象に自身の海外展開の経験を生かした支援を実施している。根底にあるのは、仙台箪笥が国内で売れないという現実に直面したときにも感じた、日本のものづくりや手仕事の危機だ。「職人による手仕事は習得までに時間がかかる上、大量生産ができないため価格も高くなりがちです。後継者不足はさまざまなところで言われていることですが、こんな大変なことを自分の子どもに”継がせられない・継がせたくない”と思ってしまう職人も少なからず出てきてしまう。そうなると、20年後には”職人”と呼ばれる人自体いなくなってしまうような気がしたのです」。日本のものづくりの各分野を担う職人たちの技倆はその一つ一つが無形資産的価値を持つものであり、後世に残すべきものであることは間違いない。しかし国内消費者との価値観の違いに目を向けてみると、将来的に失われてしまうのではないか、という疑念はいよいよ現実味を帯びてくる。もはや門間箪笥店だけが海外で成功すればいいという問題ではなくなっていると、門間さんは指摘する。

しかし日本の企業が海外展開しようとすると、一般的には日本貿易振興機構などが主催する見本市に出品し、そこでバイヤーと交渉し、交渉が成立すると実店舗販売に至る……といった具合に、何段階もステップを踏む必要がある。しかもエンドユーザーの声が職人のもとまで届きにくいばかりか、貿易にかかる手続きやかかる費用はすべて自己負担だったりと、中小・零細企業ほど負担が大きい。

そこで門間さんがまず始めたのが、香港の直営店を活用したテストマーケティングだ。「もともとお店には日本のものづくりに興味のある人たちが来るので、職人たちが作った商品に対する反応をダイレクトに知ることができます。もちろん、貿易手続きや送料負担もありません。我々は我々で、自分たちの商品を現地に送らなければなりませんからね」。

商品に対する顧客の様子をフィードバックし、職人自身、商品を海外向けにブラッシュアップすることもできれば、販売に対する自信を付けることもできる。やがて門間さんたちの手を離れ、世界各国で販売実績を伸ばすことができるようになれば、職人たちも活気を取り戻し、後継の育成にもつながっていくだろう。門間さんは、そうしたサイクルを生み出すプラットホームとして香港の店舗を位置づけている。

アジアを中心に、次なる展開へ

海外に販路を見出すことで日本のものづくりを活性化させ、次の世代につなぐことを大きな目標に掲げる門間さんは、今後ニーズが高まっていくと予想される海外進出のサポートに力を入れていきたいと意気込みを見せている。同時に、地固めが完了しつつある香港の次を見据えた展開にも意欲的だ。「考えているのはシンガポールとタイのバンコクです。シンガポールは親日的な人が多く、国土の規模感とGDPの高さという点でも香港との共通点があるので、香港での経験を生かしやすいはず。バンコクにはタイ国籍を持つ中国出身者が多く、こうした華僑のネットワークを活用できないかと検討中です」。香港とほぼ同時期に展示販売会などを実施した上海については新型コロナウイルスの影響も相まって香港ほどの成果を挙げることはできなかったものの、同様の可能性を感じているという門間さん。中国本土に足場を固めるという意味でも期待感は高まっている。
「私が海外での販売について考えるようになって8年。一番感じているのは、信頼できる人との出会いの大切さでした。香港そごうの店長を始めとする多くの人たちとの出会いが今の私につながっているように、いい縁に巡り合うことができればどんな遠回りでも必ず道が開ける。その手伝いができればと考えています」。

門間さんは自身の香港や上海での経験を、ブログ形式のSNS「note」で連載している。海外展開を始めた当初の想いや失敗談など、等身大の言葉で綴られた記事一つひとつが、今後海外を目標に事業展開したいと考える人たちのヒントになるかもしれない。

門間箪笥店
住所:仙台市若林区南鍛冶町143
TEL:022-222-7083
※仙台箪笥伝承館及びショールームの見学は【完全予約制】のため、ホームページより事前にご予約ください。