仙台市の多世代交流複合施設「アンダンチ」が地域にもたらす好循環。

Vol.01
株式会社 未来企画(アンダンチ)

仙台の方言で「あなたの家」を意味する「アンダンチ」は、仙台市若林区なないろの里にある多世代交流複合施設だ。高齢者、障害者、児童、そして地域住民が有機的につながる場所として、まちづくりにおける重要な役割を果たしている。代表取締役の福井大輔(ふくい だいすけ)さんは、地域福祉のさまざまな課題に直面しながらも、地道に丁寧に、ときには大胆に課題解決に取り組み、未来を見据えた種まきを続けている。

商社勤めを経て、義父の勧めで未経験の介護事業へ

「きっかけは、腎臓の専門医である義父の独立開業でした」。
仙台で商社マンとして仕事に励んでいた福井さんが介護福祉の世界に飛び込んだのは2013年10月。医療法人モクシン堀田修クリニック(HOC)を営む義父から「日常生活に制限や負担の多い透析患者さんが、年金の範囲内で入居できる住まいを考えたい」と相談を受けたが、商社勤めの中で震災直後で資材などが高騰していることを直に感じていたため、安価な住居を作ることは難しいと答えた。しかし、今後は高齢者のケアが必要な社会になっていくことは確実。学生時代からいつかは自分で事業を始めたいという思いがあった福井さんは、手始めに介護事業に乗り出すことを決意する。介護は医療との連携が不可欠であり、その点では義父のクリニックとの連携が可能であることは、一つの強みでもあった。
未知の業界で事業を行うにあたり、とことん調べ、勉強を尽くしたという福井さんがたどり着いたのは、「小規模多機能型居宅介護」だった。これは、利用者が可能な限り自立した日常生活を送ることができるよう、施設への通いを中心として、短期間の宿泊や自宅訪問を組み合わせる支援のこと。「介護が真ん中にあって、すべてワンストップでできるというのがすごくいいと思いました。仙台は中学校の学区に一つしか作れないという決まりがあるのですが、ちょうどHOCと同じ学区で事業を行うことができるというので、これで行こうと」。
こうして、2015年7月に小規模多機能ホーム「福ちゃんの家」が完成する。

福井さんは2013年に「株式会社未来企画」の代表に就任し、介護事業に取り組むことを決めた。

複数の構想を一つにまとめた「アンダンチ」の誕生

試行錯誤しながら「福ちゃんの家」の運営を続ける中で、やはり「住まい」と「訪問看護」のニーズを感じたことから、グループホームに「看護小規模多機能型居宅介護」を併設した事業所を作りたいと考えた福井さん。一方で、地域の人々がもっと気軽に医療介護について相談できる場所として、「暮らしの保健室」の必要性も感じていた。「より幅広い世代に気軽に来ていただくために、『暮らしの保健室』は飲食店と組み合わせることにしました。さらにその飲食店によって雇用が生まれるなら、障害者の方々の就労も兼ねてはどうかと考えました」。

看護小規模多機能型居宅介護の事業所と、情報発信の拠点「暮らしの保健室」を併設した障害者就労が可能な飲食店、2つの事業を同時に進めていたものの、それぞれの希望を満たす土地になかなか出会えないまま手詰まりに。そこで紹介されたのが、なないろの里の土地区画整理によって生まれた1000坪の敷地だった。面積に対する収益性も考え、人数規模を確保するためにグループホームからサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に変更した。また、地域にとって何が必要かを考えてプランニングを進めた結果、多世代交流を生むための保育園と駄菓子屋も加わり、現在の「アンダンチ」の原型が出来上がっていった。

医食住と学びの多世代交流複合施設「アンダンチ」は2018年7月にオープン。

施設間だけでなく、地域との接点をつくるための庭

「アンダンチ」の核となるのは最大54名まで入居可能なサ高住「アンダンチレジデンス」と、看護小規模多機能型居宅介護「HOCカンタキ」だ。サ高住「アンダンチレジデンス」は、千葉県を中心に展開するサ高住「銀木犀」を参考にしながらも、東北の利用者に合うようにアットホームな雰囲気を大切にしてデザインした。各施設をつなぐ庭には多種多様な植物が植えられており、中心にはアイドル的存在の2頭のヤギがのんびり暮らしている。子どもたちが遊べる土管や井戸、バーベキュー炉、ピザ窯などもあり、門や柵はなく、取材中も近隣住民が散歩がてらヤギを見に立ち寄る姿が見られた。「閉じられた介護施設にはしたくないという思いで、利用者以外の方がアンダンチに来る理由をたくさんつくりました」と福井さん。

開かれた「アンダンチ」の存在が、地域の暮らしの中で福祉との接点を生む。

施設内に多世代が集うことによるメリットは大きい。「私は、高齢者の生活にはいろいろな『音』が必要だと思っています。アンダンチでは、毎朝窓を開ければ保育園から子どもの元気な歌声が聞こえてきます。一方で子どもたちも、高齢者や障害を持つ人と日常的に触れ合うことで、さまざまな学びがあるはずです」。アンダンチ内で合同の誕生日会を開いたり、保育園のクリスマスイベントでは障害者就労継続支援B型事業所「アスノバ」で働く障害者の人々がサンタ役を務めたりと、積極的に交流を深めている。

「アンダンチ」は地域にとってどのような場所か

今年で開業4年になる「アンダンチ」は、近隣住民の認知度も上がり、すっかり身近な存在となった。楽しそうに遊ぶ保育園児たちの姿を、ベンチで日向ぼっこする高齢者が笑顔で見守る。近所に住む人が、自分の畑で獲れた野菜をおすそ分けにやってくる。駄菓子屋「福のや」では、在庫管理や品出しを行う障害者就労のメンバーと、駄菓子を買いに来た近所の子どもたちとのささやかな交流が生まれている。東北工業大学石井副学長からの依頼で、建築学科の研究活動にも協力しているため、大学生が出入りする日もある。このように地域と分断せず接点をつくることで、一般の人々の介護や福祉への関心も高まっていくと福井さんは考えている。「最近は自動車運転の事故など、高齢者にまつわるネガティブなニュースが多いと感じています。障害を持っ方に関しても、暮らしの中に接点がないと『よくわからない』で終わってしまう。その接点を作為的につくることによって、相互理解が深まってほしいんです」。

福井さんは、「介護や福祉で何か困ったらとりあえずアンダンチに相談しよう、と思えるような、地域にとってそういう存在でありたいですね」と話す。

介護業界が抱える課題に立ち向かうために

地域包括ケアシステムの先駆けとして高い評価を受けながらも、目の前の課題は山積みだ。今後の展望として、まずは提供サービスのクオリティ向上と、アンダンチを運営する「未来企画」の法人ブランディングを行っていくことが挙げられる。介護ケアはより個別的に、きちんとお看取りまでフォローできるような体制をつくるため、スタッフの教育研修を強化。また、法人や事業所の理念が全社員に行き渡るよう、社内コミュニケーションを行うチャットツールを導入し、評価制度を整えることで社員一人ひとりの考えのベクトルを合わせられるよう務めている。その施策の背景には、介護業界における深刻な人材不足の問題がある。「利用者の皆さんによりよいサービスを提供するために、人材確保はとても重要です。介護業界はこれからますます人手不足が深刻になっていきます。だからこそ、ここで働きたいと思ってもらえるように、働き方の部分も改善を目指し、2〜3年かけてブランディングに力を入れていきたいと考えています」。そしてゆくゆくは、事業開始当初の構想にもあったリーズナブルな価格帯の施設にもチャレンジしていきたいと話す。介護福祉事業を軸に、地域のつながりを育み、地域の課題解決を目指す福井さんの挑戦は、これからも続いていく。

薪ストーブのある「アンダンチレジデンス」の談話室。スタッフの目配りが行き届き、入居者が和やかに過ごせる場所だ。

株式会社 未来企画(アンダンチ)
住所:宮城県仙台市若林区なないろの里 1丁目19-2
TEL: 022-290-7291

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