和紅茶「kitaha」に込められた、石巻の未来への想い。

Vol.04
有限会社ファーム・ソレイユ東北(お茶のあさひ園)

石巻市桃生地区で古くから生産されている「桃生茶」を原料にした和紅茶ブランド「kitaha」。北限の和紅茶として注目を集め、2019年の「G20大阪サミット」の夕食会で各国首脳に振る舞われたことでも話題になった。この和紅茶の開発・販売に取り組むのは、有限会社ファーム・ソレイユ東北が運営する「お茶のあさひ園」だ。ブランド責任者の日野朱夏(ひの あやか)さんは、パッケージデザインから味わい、商品の届け方に至るまで、すべてに感謝の気持ちと優しさを込めて、丁寧なものづくりに取り組むことで、地域の未来の発展を目指している。

紅茶づくりの原点は「次世代に残せるものを」という思い

宮城県東部に位置する自然豊かな石巻市は、東北では珍しい400年以上の歴史を持つお茶の産地である。はじまりは藩政時代、伊達政宗公が殖産振興のため茶の栽培を奨励したことだと言われており、桃生地区では長年「桃生茶」の生産が行われてきた。そんな石巻市で1972年に創業した「お茶のあさひ園」は、地域とともに歩む「まちのお茶屋さん」としての役割を果たしながら、2017年に和紅茶ブランド「kitaha」を立ち上げ、新たな展開を見せている。ブランドのプロデュースを担うのは、「お茶のあさひ園」3代目であり、kitahaの企画・開発室室長でもある日野さんだ。「和紅茶への取り組みは、東日本大震災を経験した父(現社長)の『東北を元気にしたい』という思いから。次世代に残せるものは何かと考えたとき、煎茶・緑茶よりも幅広い世代に馴染みのある紅茶がいいのではないかと考えたそうです」。伝統の桃生茶のおいしさを次世代へつなぎ、東北を盛り上げていきたい。そんな思いから、初めての和紅茶づくりはスタートした。

国産紅茶の第一人者に師事。静岡へ茶葉200キロを運ぶ

桃生茶の特徴は、東北の厳しい寒さを乗り越えた茶葉ならではのやさしい甘み。手を加えすぎず、あえて自然のままの環境で栽培することで、茶葉は肉厚になり、ふくよかな香りとえぐみの少ないまろやかな味わいを生む。この優れた茶葉を使って和紅茶をつくるにはどうすればいいのか。ゼロからのスタートで活路を探るうちに出会ったのは、「日本の紅茶の第一人者」といわれる「丸子紅茶」の村松二六(むらまつ にろく)さんだった。村松さんは、「べにふうき」という紅茶用品種の栽培を日本で初めて成功させた人物。桃生茶の茶畑を見て「この茶葉は紅茶にも合う」と背中を押してくれ、静岡にある村松さんの工場で桃生茶の紅茶の製造を行うことが決まった。

最も試行錯誤したのは、茶葉の輸送だった。最初の一年はクール便で運んでみたが、静岡に着いたときには茶葉から出る熱で茶色く焼けてしまっていた。ドライアイスを同梱するなどいろいろな手を尽くしたが、最終的には自分たちの車に積んで12時間以内に静岡まで運ぶ方法が最善だという結論に達した。「200キロの茶葉を積んで、サーキュレーターで冷やしながら静岡へ運んでいます。量産は難しくなりますが、それでも品質を落とすわけにはいきません」。こうして完成した和紅茶kitahaは、えぐみが少なくすっきりとしていて、桃生茶本来のやさしい甘さもしっかりと感じられる自慢の商品となった。

kitaha – 和紅茶はリーフとティーバッグが選べ、ギフトにも最適。

フレーバーティー「纏(まとい)」シリーズの発売

日野さんがkitahaの開発責任者となったのは2019年5月。自身のアイデアで、フレーバーティーシリーズ「纏」が発売された。もともと試飲会で「こんな紅茶があったら飲みたい」という声があったことはもちろん、周囲に結婚や出産をする友人が増え、女性ならではのライフステージの変化を目の当たりにしたことで、カフェインが少なく、ストレスをやわらげるようなハーブティーを作りたいと思うようになった。宮城県蔵王町の「ざおうハーブ」を訪ねてkitahaとの相性を吟味し、第1弾として選んだのはカモミールとレモンバーベナの2種類。「纏」という名の通り、味わいの印象もkitahaがハーブを「まとう」イメージを大切にしている。どちらかの味が強く出すぎてはいけないと、調合には徹底的にこだわった。

発売後はさまざまなメディアで話題になり、人気シリーズへと成長した「纏」。

2019年に開催された「第6回 新東北みやげコンテスト」では、「纏」シリーズが最優秀賞を受賞。日野さんが地元のデザイナーと二人三脚で考案したという、優しさとかわいらしさあふれるパッケージも話題となった。また、第2弾として発売された「kitaha×苺」は、山元いちご農園のドライいちごを浮かべる斬新なスタイルのフレーバーティー。コロナ禍での発売となったが、ドライいちごを浮かべたときの見た目の楽しさも相まって女性を中心にじわじわと人気が広がっている。

桃生地区に待望の自社工場。師匠への感謝も

さまざまな展開をしてきたkitahaは、2022年6月に自社工場の設立を目指している。場所は石巻市桃生地区、茶畑から車で3分ほどのアクセス抜群の場所だ。これまでは静岡に茶葉を運んで製造を行っていた工程を、すべて石巻で完結させることができるようになる。生産量を増やし、紅茶以外のお茶づくりにも積極的に挑戦することができる。「2年ほど前から、夫が茶摘みの時期になると静岡に2〜3週間住み込んで、村松さんのところで製造を学んでいます。ですが、やはり場所が変わると同じ機械で同じ作り方をしても、同じ味にはならない。それを危惧していたところ、工場が完成したら村松さんが石巻まで来ていただけることになりました。とても頼もしく、本当にありがたいことです」。
お茶づくりは感性だと語る日野さん。香りや茶葉の厚さの見極めは、一朝一夕で身に付くものではない。紅茶づくりの師匠である村松さんは82歳と大ベテランながら、「東北での和紅茶づくりを学びたい」と石巻に来ることを決めてくれた。どんなに年を重ねても常に学ぼうとする姿を心から尊敬しているという。

日野さんは村松さんを「師匠」と呼び、慕っている。

kitahaを通じて、地域のためにできること

コロナ禍によって試飲会の開催が難しくなってしまった2020年、kitahaのECサイトを立ち上げ、オンラインで購入できるようにした一方で、対面でお客さんと会話することを大切にしてきた日野さんにとっては苦しい日々だった。どうにか作り手のぬくもりを感じられるような工夫ができないかと考え、商品を発送するときに同梱する手紙を書くことにした。その人の住まいや買ったものから想像をふくらませ、一人ひとりに内容を変えて丁寧に書き綴った。すると、返信をくれる人が意外にも多く、今も手紙交換が続いている人もいる。昨年日野さんが病気で入院したときは、お見舞いの手紙も届いたほどだ。「沖縄から北海道まで、全国から注文をいただいてとても驚いています。コロナ禍で自分は何もできていないと落ち込んでいましたが、ECサイトを通じて自分らしい取り組みができたと今は思っています」。

kitahaとしての今後の展望は、まずは自社工場を無事に稼働させること。そしてゆくゆくは、工場を含めて石巻市にたくさんの人を呼ぶことで、石巻市に素敵なものがあると全国・世界に発信し、東北のお茶文化を発展させていくことを目標にしている。取材中、日野さんは繰り返し「自分たちだけが利益を出すようなやり方はしない。関わるすべての人へ感謝をしながら、地域のみんなで一緒に成長していきたい」と話してくれた。最近では、地元の若い世代から「こんなことがやりたいけど、どう思いますか?」「東京ではなく地元で、自分の夢を叶えることはできますか」などの相談を受けることが増え、ますます地域の未来を明るくしていきたいという思いが強くなったという。
地域の未来を担う次世代のために。その誠実な思いと、確かな紅茶づくりへの情熱が、これからの石巻をあたたかく、力強く照らしていくに違いない。

有限会社ファーム・ソレイユ東北(お茶のあさひ園)

住所:宮城県石巻市旭町10-8
TEL: 0225-22-2887

関連記事一覧