国内最大級の研究者群をバックボーンに、東北を技術でつなぎたい。
Vol.20
国立研究開発法人産業技術総合研究所東北センター
2001年1月6日の中央省庁再編に伴い、通商産業省工業技術院と全国の研究所群を統合再編して誕生した「国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下略称の産総研)」。その地域センターの1つである「東北センター」は、全国の研究者ネットワークを背景に、「科学技術を、自然や社会と調和した健全な方向に発展させること」「情報発信や人材育成等を通して科学技術の普及と振興に努める」ことを使命として事業を推進している。どのような形で様々な研究開発を連携させ、「地域の産業高度化」に結びつけているのか、その思いと戦略を蛯名武雄所長にお話を伺った。
前身は玉虫塗など数多くの工芸技術を誕生させた「工藝指導所」
産総研東北センターの前身は、1928年日本初の国立デザイン研究機関として仙台市宮城野区五輪に産声をあげた「工芸指導所」。地域と連携して、「玉虫塗」など数多くの工芸技術を誕生させた場所だ。玉虫塗はその艶やかに照り返す発色と光沢により「仙台生まれの工芸」として全国でも知られる存在になっている。
工芸指導所はその後、工業化による東北経済の発展を求めて設立された「東北工業技術試験所」、世界に通じる研究拠点を目指した「東北工業技術研究所」と変遷を遂げ、2001年、現在の産総研東北センターとなった。「私たちの歩みは地域の資源と地域の産業と密接な関わりを持って研究開発を進めてきた歴史でした。現代に至っても玉虫塗を制作している東北工芸製作所と連携して、繊細な工芸品の活用範囲を広げる『粘土含有ナノコンポジット保護層』というコーティング技術を開発できたことは、つねに地域の産業とともにある我々産総研の誇りでもあります」と東北センター蛯名武雄所長は語る。
蛯名所長が開発した粘土膜コーティングは、保護層の成分は、溶媒への分散性、膜の透明性、硬度の観点から選択した。5カ月に亘る太陽光暴露試験でも色褪せないという実証結果が出た。さらに食洗機で繰り返し洗っても、保護層の色、つや、表面平坦性がいずれもほとんど劣化しないことが確認された。「この技術は東北楽天ゴールデンイーグルスの選手用ヘルメットとして正式採用されています。東京ビッグサイトで開催された『新機能性材料展2020』で展示され大きな話題を呼びましたね」と語るように、まさに伝統工芸品「玉虫塗」の耐久性向上で事業拡大に貢献。地域資源を活用した地域産業の連携と高度化を目指す産総研東北センターの象徴的な成果となっている。
県境を越えた連携を進める原動力に
蛯名所長が考える産総研が果すべきミッションとは何か。強調する東北センターの機能は以下のものだ。
「産総研産学官連携共同研究施設OSL(オープンスペースラボ)の入り口のポスターに書かれている『東北を技術でつなぐ』という9つの文字が我々のミッションのすべてを表しています。我々は連携拠点としてオール産総研の様々な技術を産業界に移転する事業を展開していますが、それは2つの広がりの中で連携の取り組みをしているのです」。
その1つ目の広がりは、「研究領域の広さ」だ。環境・エネルギー・地質・AI・IoT・材料科学というように広い分野の研究を展開している。さらに、1秒の定義とは何か?というような計測標準の設定から、地震のメカニズムの解明などの基礎研究でも貢献している。福島県の郡山市にある「産業技術総合研究所福島再生可能エネルギー研究所(FREA)」では、どのようにエネルギーミックスをしていくかという研究も行っている。
そして、もうひとつの広がりは「面的な広がり」。産総研は11拠点各地域に1つずつの研究センターがあるが、北海道から九州までこのような広さのある研究施設は他に例がないという。「特に東北の場合は全国の18パーセントの面積を持っているわけですので非常に大きな広がりがあります。産総研の特長は窓口となる地域センターだけでなく、全国の研究者とつながることで、例えば東北だけでなく、つくばの研究者が連携の中に入ってもいいわけです。県域というボーダーを超えることが産総研でできることなので、うまく活用してもらいたいですね」と話す。
全国に広がる産総研の研究者群を活用できるプラットフォームは、県の公設試験研究機関ではなかなか進まない県境を越えた連携を進める原動力となりうるわけだ。
東北センターの看板研究テーマ「資源循環技術」
11ある地域センターでは独自の研究テーマを掲げているが、東北センターでは、2020年度に新しく「資源循環技術」という看板研究テーマを掲げた。これは各種資源の循環において、産出、生産、物流、販売、利用という流れだけでなく、リデュース・リユース・リサイクルの3Rの生産性を向上させ、社会の持続可能性を高めるということを狙いにしている。
「1970年代から大量生産・大量消費が加速化したことにより、公害や資源の枯渇という問題が浮き彫りになってきました。現在世界中で有限な資源をどううまく使っていくかが問われているわけで、東北センターもそこにフォーカスして資源循環技術を研究・啓蒙を行っています。東北センターでは今その必要性が叫ばれている循環型の経済モデルであるサーキュラーエコノミーにしっかり貢献できる基盤技術を提供したいと考えています」。
資源循環の具体的な技術のひとつが「都市鉱山」の活用。廃棄された小型家電に含まれる金や白金、コバルト、タンタルなどの有用な金属を効率よく取り出し、新たな製品の原料として再利用できるようにする技術だ。金属資源の「国内自給率の向上」および「都市鉱山市場の拡大・国内リサイクル産業の成長」を目指している。
さらに二酸化炭素の分離・回収・利用技術や、バイオマスなどの未利用資源の活用技術の研究・開発を行う「炭素循環」や、廃プラスチックから純度の高い高品位プラスチック原料を再生する「アップグレードリサイクル技術」などの開発を行い、多角的に「資源循環技術」を開発・啓蒙していく予定だ。
「物質の循環と資源化によって環境制約に対応し、持続可能な社会を実現する技術です。オール産総研の研究力を結集し、企業や地域のみなさまと革新的技術を共創することで、東北の産業競争力の強化を支援していきたいと考えています」と蛯名所長は話す。
オール産総研の技術を活かす「連携のコーディネータ」を育てたい
「東北センターがかかえる研究者は30数名ですので決して多いわけではありません。しかしバックには全国で2,400名という大きな研究者のネットワークがあることが産総研の強みです。この研究者群をつなぐことで、無限に広がる研究・技術シーズの組み合わせで、多種多様なニーズに対応できると考えています」と蛯名所長。「この研究者群という資源を活かすために、連携の橋渡しをする専門のコーディネーターをどんどん産総研内に育成していきたいと考えています」と間を取り持つコーディネーターの必要性を語る。
蛯名所長が考えているコーディネーターとは、連携の実現に向けて産業界の皆様と産総研をつなげる調整役だ。産総研との連携プロジェクトの企画・調整・立案から、産総研の技術シーズやネットワークの活用・ラボや装置の利用などの提案、さらには権利化の支援 (知的財産部門と協力)など、産総研の有する知的財産権の民間への移転・事業化をトータルにサポートする。
「ひとつは東北センターの看板技術である「資源循環技術」を東北地域の多くの方々に使っていただこうという産総研からの発信という方向性がありますが、もうひとつボトムアップで地域から問題・課題を吸い上げて行こうという方向性があります。企業訪問させていただいて『御社で問題になっていることはなんですか?』とヒヤリングを行い、問題・課題を引き出して課題を引き出して、そこから問題を解決するための道筋を作っていこうというものです」。
この課題の抽出を担当するのが『産総研イノベーションコーディネーター』で、 各県に設置されている各種公設試験研究機関の研究者やOBが担う。各県の企業から多くの技術相談を受けているので、状況が一番わかっているためだ。この産総研イノベーションコーディネーターと東北センターのコーディネーター等とがタッグを組んで各県のニーズの引き出しを行っている。さらに無料の技術相談も積極的に開催し、技術コンサルティングや共同研究、チームによる公的資金の応募などの、本格的な連携メニューの提案を行っている。
「イノベーションコーディネーターには研究施設の活用法の『目利き』にもなってもらっています。例えるなら、患者さんに一番あった病院を紹介する医療コーディネータような存在です。『お客様の研究開発にはこちらの施設が最適です』というように、東北のすべてのアセットから一番いい場所を選んで提案できるように、しっかり目利きしてナビゲートできるようになりたいと考えています」。
ナノマテリアのメッカとして「とうほくOSL」の活用へ
東北センターでは今、ナノマテリアル関連の最新分析装置の充実を図っており、今後、分析装置+材料技術+提案技術という三つ巴で最新のナノマテリアル技術を世界に向け輸出していこうとしている。
「新たにできる『ナノテラス』もそのひとつですが、宮城県全体がナノマテリアルという分野に力を入れています。産総研東北センターは、そのナノマテリアルの中心地になれると自負しています。ぜひ、『ナノマテリアルの宮城』を若い研究者の卵にもPR・啓蒙をしていきたいですね」。
蛯名所長はそのアピール拠点として産総研東北センター内にあるとうほくOSLのスペースの活用法を考えている。来年度に向けて、ナノマテリアル関連の最先端装置をガラス張りで見てもらうという見学ルートのグランドデザインも考えているという。
「『産業技術総合研究所前』というバス停があるのは11の研究所の中でも2つしかありません。その中でも東北センターはバスの停まる数が一番多いわけで、まさに全国でも市民の方が来訪しやすい場所にあるわけです。この立地環境を生かし、いつでも見学できるようにしようと計画しています。ウェルカムな産総研東北センターに生まれ変わります」と開かれた産総研のあり方に期待を寄せる。
全国に広がる産総研の研究拠点ネットワークをつなぐことにも意欲的だ。「アバターロボットが見学するという仕組みを確立すれば、東北センターを窓口に全国の研究拠点すべてを見学することもできます」と、遠隔地から体験するVRの技術を取り入れた展開についても蛯名所長は熱く語る。
「東北センターは、全国の産総研の研究拠点の窓口としてオープンイノベーションを推進しています。ぜひ産総研東北センターを身近なものと感じてもらい、どんどん気軽に活用していただきたいですね」。