データ、通信、人、モノ、組織、大学、企業。あらゆるリソースをつなげ、新しい価値を共に創る研究所
Vol.42
アルプスアルパイン×東北大学 つながる価値共創研究所
「コンポーネント」「センサ・コミュニケーション」「モジュール・システム」の3つの中核事業によって、エレクトロニクスとコミュニケーションの分野で人々の生活向上に貢献する、アルプスアルパイン株式会社。持続的な「価値創造型企業集団」を目指す同社は、2023年3月1日、東北大学と共同で『アルプスアルパイン×東北大学 つながる価値共創研究所』を設置した。まさに産学連携の先進的事例ともいえる、『つながる価値共創研究所』。その目的や取り組み、未来に向けたビジョン、そして社会にもたらそうとする価値とはどんなものか。運営総括責任者である東北大学大学院工学研究科 谷口義尚特任教授(アルプスアルパイン株式会社 技術企画室兼務)にお話を伺った。
市場や社会環境の変化に対応した研究テーマを発掘・推進し、社会実装へとつなげる
アルプスアルパイン株式会社と東北大学は長きにわたり持続的な協力関係を結んできた。そこでアルプスアルパイン古川開発センター内・R&D新棟の竣工を機に(2023年4月)、より連携を強化し、市場や社会環境の変化に対応した研究テーマを発掘・推進と社会実装に繋げる枠組みの確立とを目的に、2023年3月、『つながる価値共創研究所』は設置された。
「もともと当社(アルプスアルパイン)と東北大学は組織的連携協定というものを結んでいました。それこそ、まだ社名がアルプス電気だった頃からです。当社と東北大学とで一緒に何か新しい価値を見出せないだろうか、というテーマ探索のところで取り組みは進めていました。もっと強固な連携をするために、社内で産学連携を今後どのように進めていくのかを一度しっかりと見つめなおし、将来の方向性にあった連携をするため共創研究所の開設に至りました」と谷口先生。
研究所設置のきっかけとなったR&D新棟のコンセプトは、「緑豊かな古川の地で、世界中の知と技術融合し触発するイノベーションコア」である。このコンセプトに則ったグローバル開発拠点の設置や、異分野のエンジニアなど社内外の人材の交流を促進させるような施設デザイン・最先端設備が強みだ。シームレスな異分野との連携、つまり共創による新たな価値創造というR&D新棟は、いわば研究開発の実践(DO)および検証(CHECK)の場として、また、『つながる価値共創研究所』は、その価値創造の要素となるアイデアや基盤のスキームなどを創出するためのリソース拠点(PLAN、ACT)の一つとして、それぞれが機能しながら、産学連携による先進モデル創出という大きな使命を担っていく。
産学連携による「イノベーションの創出」「エンジニアの確保・人材育成」「社会課題の解決」を目指す
東北大学を含め、アルプスアルパインの産学連携の目的は、「イノベーションの創出」「エンジニアの確保・人材育成」「社会課題の解決」の3つである。産学連携を軸に立てられた各テーマの戦略について、その一つひとつを谷口先生にお話しいただいた。
「まずイノベーションの創出についてですが、アルプスアルパインの事業プランや開発の方向性に沿った“応用研究”をしっかりやっていこう、というものです。応用研究とは、社会実装を見据えた研究のこと。これは東北大学の理念である“実学”にも通じるところがあります。よって、大学の 「知・新たな視点」を活用しながら、当社の開発に沿った応用研究とのマッチングを積極的に図り、社会実装に繋げていきたいと考えています」。
応用研究の領域でイノベーションを創出する方向性を話してくれた谷口先生。次に、「エンジニアの確保・人材育成」について伺う。
「もちろん当社の社員に対するリカレント教育的な側面もありますが、どちらかというとエンジニアの確保や採用の目的が大きいのです。例えばUIターン就職では、働きに来る方の受け皿が必要になると思います。その点、東北地区では、世界規模で研究を展開する東北大学と肩を並べるぐらいの大きな企業があるかというと、その数は決して多くないと思うのです。そうなってくると、新たな人材が東京で働いていて、やはり地元に戻りたいとなったときに、業界として彼らを受け入れられるだけの体力をつけなければいけない、と考えました。まずはそういった受け皿の整備を図っていきたいと思います」。
谷口先生の言うとおり、名古屋大学や大阪大学など他方面の国立大学でも、企業と大学による産学連携は活発である。その点、これから東北地区に必要なのは、東北大学と肩を並べて連携していくことのできる、力ある企業の存在だろう。
「最後の社会課題の解決についてお話しします。こちらについては、やはり地方自治体や国と連携をしながら、産学官の取り組みやその中で形成される人的ネットワークを通じ、地域貢献を果たしていきたいと思っています。アルプスアルパインは、七十七銀行と連携して地元のものづくり産業などの振興に貢献する活動も行っていますが、地域課題解決というと地元企業に頼る傾向が強く、当社のような企業には手が届きにくい領域があることもたしかです。だからこそ、つながる価値共創研究所のスキームと研究シーズをうまく活用したいと考えています」。
複雑化・多様化する地域課題。解決のためには、産学連携はもとより、官民も含めた連携の必要性が高まっている。
「感動」「安全」「環境」の分野・領域で取り組みをスタート
『つながる価値共創研究所』では、「感動」「安全」「環境」というテーマで取り組みを開始している。
「“安全”の領域では、ドライバーのイライラを検知する研究を進めています。これは3人の先生たちと共同で進めているテーマです」。
「もう一つは、イマーシブサウンドという車室内音の研究になります。“感動”を与える内音を追求するための研究です。こちらは東北大学通信研究所の先生と一緒に進めています。美しい音・音響空間の演出・音による安全支援に関する研究なのですが、映画館や部屋の中といった普通の環境ではなく、車が走行するときに出るロードノイズなどが存在する環境下でも感動できるサウンドを究めていこう、というようなテーマになっています」。
これらの鍵となるのは、「デジタルキャビン」だと谷口先生は話す。アルプスアルパインでは、ドライバーだけでなくキャビン全体を開発領域とした「デジタルキャビン構想」を立ち上げた。これはセンサーやスイッチ、ディスプレイやスピーカーなどのハードウェアの技術と、それらをコントロールするソフトウェアの技術を持つ同社の強みを集合させる技術である。
「さらに、卓越大学院プログラムという取り組みもあります。こちらは企業と大学の先生が学生さんに15コマの授業を行い、社会課題や企業の開発体制を講義していくというもの。画像認識の講義では通信工学の大町真一郎先生と共同で行っています」。
『つながる価値共創研究所』による産学連携の取り組みで、谷口先生が次に見据えるのは、データサイエンス(様々なデータの分析によって、課題をあきらかにし、有益な知見を引き出すアプローチ)による地域課題解決だ。
「その第一歩として、トヨタ自動車東日本の小池亮先生と、ものづくりを行う地元企業のDX化を支援できないかと話し、宮城県の宮城県産業技術総合センターにはたらきかけているところです。東北大学をハブとしながら、我々のような共創研究に取り組む企業が地域ともしっかり繋がっておくことが大切だと思います」。
DXによる効率化は、過疎・高齢化などの課題先進地域といわれる東北地区にとってはなくてはならないものだろう。その意味において、トヨタ自動車東日本と『つながる価値共創研究所』がその役割を担うことに、期待が高まる。
持続可能で、互いの優位性を活かし、Win-Winの関係を築く。それが産学連携のあるべき姿
最後に、産学連携を推進するために、谷口先生が最も重要だと考えることは何か、という質問をした。
「全体を俯瞰してみた場合、当社と大学とがマッチできてない部分がまだまだあると思っています。それは企業の実力というよりも、まだお互いがやりたいこと、やれることを十分に共有できていないから。産学連携で最も重要なのは、お互いを知ることと、連帯感をもって課題を解決することだと感じています。つまり、大学と企業が一緒になって目指すビジョンを共有し、一つになった上で共に歩むことが大切だと考えています。共に研究を推進してくださる先生たちとの持続的なコミュニケーションはもちろん、当社の若手社員を当研究所へ呼び、共同研究などに取り組んでもらう機会も、積極的に設けていきたいですね」。
谷口先生はそのように話しながら、『つながる価値共創研究所』のコンセプト資料を見せてくれた。研究所が何と何を「つなげる」のかが明確に示されたコンセプトからは、東北地区における産学連携の新たな可能性を感じる。
・データでつながる
【AIのテーマ】
・通信でつながる
【通信のテーマ】
・人とモノ(機械)がつながる
【Human-Machine Interfaceのテーマ】
・モノとモノがつながる
【Machine-Machine Interfaceのテーマ】
・人と人がつながる
【大学研究者と企業技術者の連携】
・組織と組織がつながる
【大学と企業(共創研究所)が連携】
【企業と企業が東北大をハブとして連携】
【企業と自治体が東北大学をハブとして連携】
「とはいえ、産学連携による共創研究所をスタートさせた以上、これを確実に社会実装へ繋げ、しっかり利益を出していけるような体制を作らなくてはいけないと考えています。つながる価値共創研究所が利益を繰り返し生み出すことは、宮城県内の中小企業に対し大学との付き合い方や一緒に勉強できる可能性を見出してもらうための参考例になりうるからです」。
産学連携は一過性のものではなく、目的を達成するまで継続することが重要であること。また、互いの持つ資源がもともとは違うということを意識し、互いの優位性を生かした役割分担を明確にすべきということ。そして、当事者同士が連携目的について強い意識を持って合意し、互いに連携・意思疎通するとともに、両方の組織を円滑に動かしながら、Win-Winの関係構築を目指すものだということを、谷口先生へのインタビューから学んだ。
アルプスアルパイン株式会社 技術企画室
国立大学法人東北大学 大学院工学研究科
「アルプスアルパイン×東北大学 つながる価値共創研究所」
E-mail:yoshinao.taniguchi@alpsalpine.com
E-mail:yoshinao.taniguchi.a8@tohoku.ac.jp