雄勝町の自然に囲まれて、サスティナブルに生きる力を育む“漁村留学”。

Vol.10
公益社団法人MORIUMIUS

緑にあふれ、そこかしこに漁村の情緒が漂う石巻市雄勝町。この地に建つ複合体験施設「モリウミアス」は、子どもたちが自然の中でさまざまな体験や交流を通じて生きる力を学べる場所として、首都圏の親子を中心に話題を集めている。同施設は、短期の体験プログラムで着実に実績を作り、2022年4月から念願だった「漁村留学」の受け入れをスタートさせた。子どもたちが長期にわたり雄勝で共同生活を送るという画期的なプログラムによって、「サスティナブルに生きる力」を育成するとともに、雄勝町の未来を切り開こうとしている。

自然とともに暮らし、学ぶ「モリウミアス」

東日本大震災の被害をきっかけに人口が激減し、閉校となってしまった雄勝町旧桑浜小学校を活用して、「モリウミアス」は2015年に活動を開始した。主に都市部から参加者を受け入れ、海釣りや野菜の収穫、かまどでの調理、田植え、鶏や豚への餌やりなど、サスティナビリティ(持続可能性)の考え方に基づき多種多様な滞在型の体験学習を提供している。1泊2日〜2泊3日の「MEET MORIUMIUS」や、7泊8日の「LIVE IN MORIUMIUS」といった短期滞在プログラムは小学生から体験でき、週末であれば親子での滞在もOK。夏休みなどの長期休暇を利用して毎年参加を楽しみにしている子どもも多い。

「地域の方々もモリウミアスのことをよく理解してくださっていて、とても協力的です」と語るのは、同施設の「学ぶチーム」リーダーである安田健司さん。自身も桑浜地区に住みながら、雄勝の自然を生かした学びの場を作る企画運営に携わっている。「漁船に乗って釣りに出ることも、田植えの体験も、集落の理解と協力がなければ成り立ちません。地域の皆さんが快く受け入れてくださるからこそ、毎年訪れる子どもたちは雄勝町を第二の『ふるさと』のように感じているのだと思います」。

2022年からスタートした「漁村留学」プログラムとは

2021年8月に日本財団の助成を受けて、海との共生を学ぶ海洋教育の拠点として「渚の交番 雄勝」を開設。これは、全国で10ヶ所目、東北エリアでは初となる。宮城県産の木材をふんだんに使った建物には、土間や茶の間、寝室などを備え、寮としての機能を整えた。これまで短期プログラムを行っていた本館は「簡易宿泊」という業態だったが、「渚の交番 雄勝」は「下宿」業態として新たに申請。安田さんが活動開始当初から構想していた、長期の留学プログラムを実施できる環境が整った。

こうしてスタートした「漁村留学」は、小学4年生からを対象に、1年間親元を離れて雄勝町の学校に通いながら、寮で共同生活を送るというもの。子どもたちはかまどの火起こしから始まる毎日の炊事や、掃除、鶏と豚の世話までをすべて分担して行う。「平日は部活があるから週末のうちにご飯の作り置きをしよう」「今週は罠を仕掛けて魚を捕ってみよう」、など、自分たちで考え、行動し、暮らしを作っていく。今年度は中学生3名がこのプログラムに参加しており、3名とも、保護者からではなく子ども発信で参加を強く希望したケースだ。安田さんは、子どものしっかりとした意志がなければ、1年間の地方生活は長続きしないとみている。「まだ3人の共同生活は始まったばかりですが、すでにいろいろな学びが生まれています。今後、人間関係でぶつかり合うこともあるでしょうし、雄勝の自然に触れてさまざまな気づきも得るでしょう。彼らと向き合うことでスタッフも学びながら、成長をサポートしていきます」と安田さん。参加者は全員、東京や大阪などの都市部から来ている。寮でのタブレット使用は禁止しておらず、共有のパソコンは閲覧に制限をかけていないが、子どもたちは動画サイトやゲームよりも雄勝の森や海に日々夢中だという。

循環型の暮らしを学び、自主性を育む環境づくり

「モリウミアス」が大切にしていることは、子どもたちが自然のサイクルに触れる機会を作ること。例えば自分たちで捕った魚を調理して食べ、その残飯を集めて鶏と豚の餌にする。翌朝に産卵箱を見ると鶏が卵を産んでいて、それをまた朝食に使う。こうしたサスティナブルな暮らしを実践することによって、自分たちの手で自然を循環させて、新しい命に繋げていくという仕組みを学ぶことができる。「こちらがなにか教えようとするのではなく、子どもたちが触れて、見て、味わって、自然との暮らしを”楽しい”と思ってもらうことが一番大事です。鶏をかわいがる子、メダカの観察が好きな子、火起こしが得意な子、関心のあるポイントはそれぞれ違います。まずはどれか一つにでも興味を持って、循環型社会の入り口に触れてもらえたら」。子どもの着眼点の鋭さや飲み込みの早さには驚かされることが多いという安田さん。「漁村留学」では特に子どもの自主性やチャレンジ精神を重んじるようにしている。

「モリウミアス」には多くのスタッフが在籍し、それぞれで子どもへのアプローチは異なるが、「子どもを子ども扱いしない」という方針だけは全員で統一している。「活動中、子どもによく聞かれるのは『トイレ行ってきていいですか?』ですね(笑)。子どもは大人に許可を求める癖が染み付いているので、まずはその意識を変えていきたいんです。それに、大人に正解を求めてしまう子も多いですね。『スタッフがこう言ったからやった』では、生きる力が伸びていきません」。

安田さんは、「大人対子どもたち」の構図にならないよう、なんでも言い合えるフラットな関係を築くことを心がけている。その上で、大人も時には間違うことがあることを説き、自分自身がどう考え、どう行動したいのかを子どもに問いかける。

コロナ禍の取り組みと、新たな活動の広がり

都市部からの参加者が多い「モリウミアス」にとって、新型コロナウイルスの影響は大きな痛手となった。そんな中でも、会員の自宅に雄勝で捕れた魚介を送り、調理スタッフが画面越しでレクチャーしながら一緒に捌いて調理するオンラインプログラム「学ぶBOX」を実施。会員限定のコンテンツとしてサブスクリプションで月に1回、オンラインでも雄勝の自然循環と触れ合う機会を提供している。このオンラインプログラムがきっかけで「モリウミアス」を知り、リアルプログラムに参加する人もいるほど好評の企画だ。

一方で、大人の会員向けに季節の魚介を定期的に送るサービスがじわじわと人気だ。利用者は子どもが大きくなって手を離れた夫婦などが中心。「モリウミアス」の活動に共感し、「自分たちもなにか力になれないか」と運営への協力を申し出てくれる人もいる。このように、未来を担う子どもたちがのびのびと学べる場所、学べる機会を守りたいと考える大人のコミュニティも育っているという。

オンラインプログラム「学ぶBOX」は、コロナ禍でのおうち時間の学びに最適。

雄勝の自然を豊かに、持続可能な地域をつくる

「漁村留学」の初年度はトライアル的な意味もあり受け入れは3名だが、参加者と地元の子どもたちの関係性を慎重に見極めながら、今後は毎年10名ほどを集めることが目標だ。雄勝町には現在、小・中学校合わせて約30名の子どもたちがいる。10年後、20年後はこの数が確実に減っていくと予想されており、生徒数確保の一助となりたい狙いもある。

また、安田さんはこの事業を通じて、雄勝の自然環境を豊かにすることを目指している。「今の雄勝の森はほとんどが人工林で、海の栄養になるものを森で作ることができていないんです。だからモリウミアスの子どもたちと一緒に、きちんと森を整備して、海の生物を増やしたいと思っています」。山から川を通じて栄養が海に流れ込むことで、魚や海藻などの生物が豊かに育ち、漁業を営む住民が多い雄勝町を活性化させたい。まずは「漁村留学」を軌道に乗せることが第一だが、ゆくゆくは子どもたちと活動の幅を広げ、雄勝に古くから伝わるお祭り、太鼓など伝統文化の伝承も担っていけたらと新たな目標も話す。

モリウミアス本部棟。雄勝の自然と木造校舎の佇まいが調和するデザインになっている。

「モリウミアス」のあらゆるプログラムの中心には子どもがいて、子どもを主としてさまざまな人が雄勝に集い、地域と関わることで双方に多くの変化をもたらす。「多様性と変化がある場所は、結果として長く続くと思っています。この雄勝町もそうであってほしいと願いながら。今後も活動を続けていきたいです」。

公益社団法人 MORIUMIUS
住所:宮城県石巻市雄勝町桑浜字桑浜60

関連記事一覧