医療機器を操る「いのちのエンジニア」。臨床工学技士ってどんな仕事?
Vol.21
東北文化学園大学 工学部 臨床工学科
人工心肺装置や人工呼吸器、人工透析装置など、患者の命に直結する医療機器を「生命維持管理装置」と呼ぶ。医療技術の進歩により高度化・複雑化した機器を取り扱う現代の医療現場において、この生命維持管理装置の保守管理、操作に長けたプロフェッショナルの存在は欠かせない。彼らの職種名は「臨床工学技士」。1987年に国家資格として誕生した、比較的新しい仕事だ。活躍の場が広がり、ニーズが高まる一方で、認知度の低さや養成校不足など、さまざまな課題も抱えている。今回は、東北エリアで数少ない臨床工学技士の養成課程を有する、東北文化学園大学工学部臨床工学科学科長の相澤康弘さんに話を聞いた。
高度な医療機器に精通したスペシャリスト
病院で働く医療技術者(メディカルスタッフ)には、医師や看護師のほかにもさまざまな職種があり、それぞれが専門性の高い知識と技術を必要とする。中でも、人工透析装置、人工心肺装置、人工呼吸器といった、生命に直接関わってくる医療機器の扱いを専門とする臨床工学技士は、現代医療になくてはならない存在だ。よく診療放射線技師、臨床検査技師などと比較される資格だが、臨床工学技士は生命維持装置を扱うという大きな特徴がある。コロナ禍の影響で最近耳にするようになった体外式膜型人工肺『ECMO(エクモ)』も、生命維持装置の一種。「医療機器の発達が、この資格が誕生するきっかけとなりました」。そう語るのは、自身も臨床工学技士である相澤教授。大学卒業後、医療機器メーカーに就職し、医療機器のめざましい進化を目の当たりにしてきた経験を持つ。当時はまだ臨床工学技士という資格はなく、医療機器操作のサポートのため、メーカー担当者として医師の依頼で手術現場の立ち会いをしたこともある。「医療の現場で医療機器を安全に運用するのは非常に重要なことですから、医療従事者でない立場でのサポートにも限界があります。こうした医療現場の状況を踏まえ、日々進化する現代医療に対応するため、1987年に『臨床工学技士』という資格ができました。誕生からまだ35年。医療職の中では比較的新しい資格と言えます」。
ほかの医療資格と比べて世間の認知度は低く、その名を初めて聞くという人も多いはず。しかし、臨床工学技士なくして現代医療は成り立たないと言ってもいい。例えば、現在日本には透析療法を必要とする患者は約34万人いると言われている。腎臓の機能が低下し、尿から老廃物や水分が適切に排泄されなくなってしまうため、患者は永続的な人工透析を行う必要がある。一般的には週3回、1回4時間ほどかかるこの治療に使う装置を保守管理し、操作するのは臨床工学技士だ。医師や看護師と連携し、患者一人ひとりに合わせて精密な医療機器を正しく安全に取り扱うことが求められる。責任の重さや専門性の高さとともに、そのニーズは年々高まっている。
医師の「働き方改革」により活躍の場が広がる
「医療機器は日々進化しており、臨床工学技士の業務領域はますます幅広くなっている」と相澤教授が話す通り、医療機器それ自体も恐るべきスピードで進化している。昔は大掛かりだった超音波診断装置が、今ではメガネケースほどの大きさになり、ドクターカーに搭載するなど持ち運びが容易になった。画質もクリアで、Bluetoothでタブレットにデータを飛ばすこともできるという。また、心臓ペースメーカーも小型軽量化し、今では重さわずか1.75gほど。電池も長寿命であり、コスト面でも患者の負担を抑えることに成功している。日々アップデートされる最新の医療機器を安全・確実に取り扱うことが臨床工学技士の主たる仕事である一方、需要の高まりにはもう一つの理由がある。それは、2021年に国会で成立した医師の働き方改革関連法だ。医療現場での医師の負担を減らし、良質かつ適切な医療を提供することを目的としており、高度化した医師の仕事の一部をタスクシフト、タスクシェアリングしていく方針を掲げている。例えば、内視鏡手術においてドクターの「目」となる内視鏡カメラの操作や、透析治療におけるシャント(=透析を行うのに必要な血液を確保するために動脈と静脈をつなぎ合わせて作った血管のこと)穿刺はもちろんのこと、表在化した動脈への穿刺、心臓カテーテル検査・治療なども臨床工学技士が担うことができるようになった。
「表在化した動脈に関する穿刺(針刺し)は、これまで医師のみが可能でしたが、臨床工学技士も行えることになりました。現場で働いている臨床工学技士は、講習を受けるなどしてその技術・知識を身に付けています。もちろん私もこれから受講する予定です。また、本学でも、医師の働き方改革関連法の成立にともないカリキュラムの変更が必要で、2023年度入学生に向けて準備しているところです。」
このように、今や臨床工学技士の活躍の場は、機械の取り扱いだけにとどまらない。
高まる需要の一方、担い手不足の課題も
臨床工学技士の需要が高まりをみせると同時に、医療現場の人材不足は非常に深刻な問題となっている。その大きな要因として、認知度の低さがある。子どもたちが職業選択で医療従事者を視野に入れたとき、最初に思い浮かべるのはやはり医師や看護師、歯科医師や薬剤師など、想像しやすく知名度の高い職業になる。診療放射線技師、臨床検査技師がそれに続き、臨床工学技士はなかなか選択肢に入ってこないのが現実だ。
相澤教授は、「当学科の学生は、家族または親族が医療関係者で、そこから臨床工学技士の存在を知ったという人がほとんどです。医療関係者であればニーズの高さを十分に理解していますから。ですが、それだけでは人数が足りません。一般の方々にもっと臨床工学技士のことを知ってもらい、担い手の裾野を広げていかなくては」と危機感を募らせる。
さらに、東北エリアにおいてはもう一つの懸念がある。それは、学べる場所の少なさだ。現在、臨床工学技士の養成過程を備えているのは東北文化学園大学と、福島県の国際医療看護福祉大学校の2校のみ。全国的には養成校の数は増加傾向にもかかわらず、東北エリアは減少傾向にあり、人材不足にますます拍車がかかっている。
こうした課題を解決するため、東北文化学園大学は各県臨床工学技士会と協力し、イオンモールのイベントスペースに人工心肺装置などを並べ、臨床工学技士が仕事内容をアピールする機会を作ったり、日本臨床工学会の開催に合わせて宮城県内の小・中・高校生向けに職業紹介のイベントを行ったり、パンフレットやDVDを学校に配ったりと各地域で認知度アップのためのさまざまな取り組みを行ってきた。「イベントでは、人工透析の患者さんが立ち止まってくれて『おじいちゃんがこの機械にいつもお世話になっているんだよ』と家族に伝えてくれたり、医療関係者ですらめったにお目にかかれない高度な医療機器に興味を示してくれたお子さんもいました。メーカーさんのご協力でデモ用の医療機器を展示しているので、実際に動くところを見られるインパクトは大きいと思います」。地道な啓蒙・啓発活動は、続けるうちに少しずつ反響も得られるようになった。
臨床工学を駆使する「いのちのエンジニア」
臨床工学技士は責任の重さに悩むこともあるが、その分やりがいも大きい職業であることは間違いない。その証拠に、かつての教え子の子どもたちが、臨床工学技士として働く親の背中を見て育ち、親と同じ道を志して入学してくる。今では東北6県で活躍する臨床工学技士の約半数以上が、東北文化学園大学の卒業生。すなわち相澤教授の教え子たちだ。「本学では前身の専門学校で29期、大学では3期の卒業生を輩出していますが、卒業生たちとはこまめに連絡をとり続けています。現場で技士長クラスになっている教え子も多く、実習先の相談もしやすい。教え子たちが各地で活躍してくれているからこそ、学生たちをしっかりとサポートできるのでとても頼もしく、ありがたいですね」と、相澤教授は話す。
臨床工学技士は、別名「いのちのエンジニア」とも呼ばれる。その名の通り、患者の生命にかかわる医療機器の保守管理、操作を担う工学士だ。医療機器のメンテナンスで不具合を見つけ、未然に医療事故を防ぐこと。人工心肺装置を使った手術に立ち会い、安全・確実な操作で手術をサポートすること。どれも決して目立つポジションではないが、彼らの存在なしに現代医療は成り立たない。例えば生命維持装置のアラームが鳴ったとき、なぜアラームが鳴ったのかを冷静に判断し、正しく操作する必要がある。そのためにはエンジニアとしての知識・技術を持っておくことがとても重要だ。東北文化学園大学のカリキュラムでも、工学系の講義と医療系の講義は半々くらいの割合で設置されている。そのことに驚く学生も多く、相澤教授いわく「医療系の道に進みたい人だけではなく、工学系の分野に興味がある人にもぜひ知ってほしい職業」だと言う。
最後に、臨床工学技士の魅力と今後の展望について相澤教授に尋ねた。「生命維持装置を用いるほど苦しい状態で運ばれてくる患者さんが、元気に退院していく姿を見ることが、臨床工学技士の一番のやりがいではないでしょうか。命の最前線に大きく貢献する立場として、今後も臨床工学技士の存在感は増していくと思います。コロナ禍でなかなかイベントなどを開催しづらい現状ですが、未来の医療現場のためにも日本臨床工学技士会や各県臨床工学技士会と連携して、さらなる地位向上、認知度拡大に務めていきたいです」。
東北文化学園大学 工学部 臨床工学科
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