社会にもっと「プラス」を。仙台から発信する子育て支援とIT事業。

Vol.27
MUSASI D&T株式会社

WEBサイト制作やアプリ開発など最先端のIT事業を展開しながら、一方で子育て中の母親たちのための地域交流スペースや、企業主導型保育施設、親子で使えるコワーキングスペースなどを運営している「MUSASI D&T株式会社」。IT事業と子育て支援事業、一見すると畑違いにも思える2つのプロジェクトを手掛けている理由とは。自身も子育て真っ最中であり、システムエンジニアとしても活躍している代表の佐藤里麻さんに話を聞いた。

長男の出産、震災を経験して

宮城県仙台市生まれの佐藤さんは、高校卒業後、プログラマーとして就職。会社の転勤のため、20歳から39歳までを東京で過ごした。その後フリーランスのシステムエンジニア(SE)を経て、2005年に東京都港区六本木でMUSASI D&T株式会社を設立する。長男の妊娠が分かったのは、会社設立から3年後のこと。実は長男は、お腹にいる時から重度の障害があることがわかっていた。東京では出産できる病院となかなか出会うことができず、そんな中で仙台市内の病院が受け入れてくれると連絡を受け、地元へのUターンを決意。会社は、クライアントとの関係性もあり、東京と仙台の2拠点で運営していくことになった。

「出産後1年間、私は長男のケアのためほぼ病院に寝泊まりをしていました。長男には排尿や排便、呼吸器系のケアなどさまざまなサポートが必要だったので、会社の方は維持するだけで精一杯の状態。長男は一時退院も叶ったものの、残念ながら1歳3ヶ月で亡くなってしまいました。そしてその直後に、東日本大震災が発生したのです」。

「2019年に本社を仙台に移すまで、2拠点での会社運営でした」と佐藤さん。

幸い自身や家族に怪我などはなかったが、佐藤さんが暮らしていた家は取り壊さなければならないほどの被害を受けた。未曾有の大震災は、病院以外で長男と過ごした数少ない思い出の場所を奪ってしまった。言葉にできない悲しみや絶望に見舞われながらも、みんなで助け合いながら一日一日を懸命に過ごすうちに、佐藤さんの中で何かが変化していく。

「それまでは感覚を閉ざし、亡くなった長男のこと以外考えられない日々でした。ですが震災を経て、少しずつですが、自分に何かできることはないかと考えるようになりました」。 もともと長男と過ごした1年3ヶ月の間、お世話になった病院の職員たちの献身的なサポートに深く感動していたという佐藤さん。治療以外の部分でも家族の心に寄り添い、一緒に泣き、笑ってくれたことへの感謝は忘れられない。当時から「誰かのためにこんな風に働いている人がいるなんて。自分もいつか、人のために何かしたい」と思っていた。その思いが震災をきっかけに熱を持ち、佐藤さんの心に火を灯した。

「プラス仙台プロジェクト」の始動

実際に動き出すひとつの転機は、自身が45歳で2人目の子を授かり、時を同じくして仙台支店の社員が妊娠したと報告を受けたことだった。働く女性が直面する「仕事を続けるか、子育てに専念するか」という分岐について、佐藤さんは「なぜ2択なのだろう。なぜ、分けて考えなければならないのだろう」と疑問を持ち、調べていくうちに「企業主導型保育事業」と出会う。これは、平成28年度に内閣府が開始した企業向けの助成制度で、企業が従業員の働き方に応じた柔軟な保育サービスを提供するために設置する保育施設や、地域の企業が共同で設置・利用する保育施設に対し、施設の整備費及び運営費の助成を行うというもの。

「この制度を活用すれば私たちでも保育園を開設できると知り、早速動き出しました。仙台に新しいアイデアをプラスして、より子育てしやすい、住みやすい街にしたいという思いがあったので、“プラス仙台プロジェクト”と名付け、子育て事業に本格的に取り組むことにしたのです」。

佐藤さんは次男の子育てで、さまざまな「困りごと」を感じていた。おむつ交換できる場所や乳幼児を連れて外食できる場所の少なさ、母乳育児と職場復帰の両立の難しさ、育児の不安を周囲に相談できず不安を抱える“孤育て”など、お母さんと子どもを取り巻く問題は深刻で、多岐にわたる。それに対し、解決の糸口となるアイデアを盛り込んだのが「プラス仙台プロジェクト」である。佐藤さんはスタッフと協力しながら準備を進め、まず2017年に東山設計ビル1階に地域交流スペース「キッズプラス仙台」と同ビル2階に企業主導型保育施設「ベビープラス仙台」をオープン。さらに、2020年には同ビル3階にコワーキングスペース「親子プラス仙台」を開設した。

仙台市青葉区大町の一角に、「プラス仙台プロジェクト」の拠点がある。

3つの「プラス」で子育てを支援

企業主導型保育施設の「ベビープラス仙台」は、名の通り保育施設としての役割を持つ。生後3ヶ月~小学校就学前までの児童を受け入れており、職場と同じビル内で子どもを預かってもらえるなら、妊娠・出産を経た女性スタッフが職場復帰しやすいというアイデアから生まれたプロジェクトだ。また、1階の地域交流スペース「キッズプラス仙台」は、子育てをしている人なら誰でも気軽に立ち寄りOKの、お母さんたちの拠り所として機能している。

「子育てをしていると、例えば離乳食の作り方で『耳たぶくらいの硬さ』と書いてあるんですけど、人によって違うので少しわかりにくいんですよね。それで赤ちゃんがちょっと咽ただけでも心配になるし、怖いんです。お母さんたちは24時間365日、『本当にこれでいいのかな』と不安に思いながら正解のない育児にチャレンジしている。それに、自治体の窓口やセミナーに参加するのはちょっとハードルが高い。そういうお母さんたちの不安や悩みを気軽にキャッチできる場所を作りたかったんです」と佐藤さん。「ベビープラス仙台」に栄養士や保育士が常駐しているため、専門的な質問にも対応でき、必要であれば自治体のサポート機関と繋げることもできる。コロナ禍の影響で2年半ほど完全予約制としていたが、2022年10月からは晴れて一般公開に。絵本やおもちゃ、サイズアウトしたベビー服のシェアも行っており、「つながり」を大切にした施設運営を心がけており、今後はシニア層や大学生など、多世代との交流を促し、地域全体で子育てをする場所にしていきたいと話す。

「キッズプラス仙台」は離乳食の持ち込みもOK。
おもちゃや絵本のシェアも。

「親子プラス仙台」は、「仕事と子育てを分離しない」という考え方から生まれた場所。親子で利用できる会員制のコワーキングスペースで、キッズスペースを囲むカウンター席やベビーベッドが入るブース席があり、仕事をしながら利用者同士で子どもを見守るシステムだ。「家で子どもを見ながらリモートワークをするのが大変」「仕事復帰したいが、母乳育児を諦めたくない」「同じ年代の子ども同士の関わりを増やしたい」など、さまざまなニーズに応えている。

「親子プラス仙台」は月額で利用できる会員制スペース。

すべての母親と子どもたちのために

3歳までは“母親”が家庭で子育てをした方がよいとする「三歳児神話」は、昔も今も広く言われ続けているが、実のところその根拠となるデータはない。佐藤さんは、「お母さんたちの中には、さまざまな選択肢があることを知らずに一人で頑張ろうとしている人が多い」と話す。

「例えば育休を1年間取得し、その後職場復帰しようとすると、周囲から『こんな小さい頃から保育園に預けてかわいそうに』と言われることがあります。ですが私は、子どもは何歳からでも、他の子どもや大人たちと関わる機会が必要だと思っています。核家族化が進む昨今だからこそ、母親以外の他者と関われる保育園は子どもの成長にとって大切な場所。保育の専門家と連携して、みんなで意識合わせをしながら育児に取り組むことができます」

母親だけに育児を背負わせないということは、社会みんなで子育てをするということ。「プラス仙台プロジェクト」がそのきっかけになることを、佐藤さんは願っている。

「お母さんの選択肢をもっと広げたい」と佐藤さん。

また、佐藤さんは体重2500グラム未満の低出生体重児のためのベビー服を販売する「一般社団法人くるむ」の代表理事も務める。自身が低体重の長男を出産した際、妹が型紙を縮小コピーして作ってくれた肌着を着せてあげたとき、そしてその肌着を持ち帰って洗濯をし、干したとき、親としての仕事を与えられた幸福感に包まれたという。その経験から「小さな赤ちゃんを愛情と笑顔で包みたい」「服を着せる喜びを低出生体重児の家族にも感じてほしい」という思いを込めて、長男の誕生日に「くるむ」を設立した。「くるむ」の肌着は国産綿100%のフライス生地を使用し、小さな赤ちゃんの負担にならないようとても軽く、吸水性に優れている。商品はすべてオンラインショップで購入可能で、贈り物にも人気だという。

通常の肌着と重ねると、「くるむ」の肌着はこんなに小さい。

テクノロジーで地域の課題を解決へ

今後は、「MUSASI D&T株式会社」のもう一つの事業柱であるIT事業の伸長を目指している。コスト削減を目的に海外に業務の一部を移す「オフショア」というものがあるが、佐藤さんが提案しているのは「ニアショア」だ。これは、開発業務の一部を比較的近距離にある企業に委託すること。「ITの技術を習得したいと思っている東北の女性たちと一緒にチームを作って、関東圏の仕事を東北エリアで受注できないかと考えています。システムエンジニアは在宅での仕事が大いに可能ですし、子育てしながら働きたいお母さんたちの助けにもなるはず」と佐藤さんは語る。すでに人材育成に長けたスタッフが加入し、ニアショアの実現へ向けて具体的に動き出しているところだ。

また、「IT×地域の子どもたち」という観点から、地域情報化アドバイザーでもある信州大学の不破泰教授にも協力を仰ぎ、子どものプログラミング教室の運営を請け負っている。プログラミングの技術や知識を身につけるだけでなく、「誰の、どんな課題を解決するために」プログラミングを使いたいのかを視野に入れた学びを提供する。例えば、足が悪いおじいちゃんのために人感センサーで電気がつく仕組みをプログラミングで構築したり、田んぼの水位計にアラート機能を付加したり、アイデアは無限大だ。子どもたちの課題解決力と地域をつなげることで、未来はもっと明るくなるはず。佐藤さんはそう確信している。

すべての人に笑顔があふれる、優しい社会をつくること。子育て支援事業もIT事業も、軸となる部分は共通している。自身の人生と向き合い、経験を活かしたアイデアを次々と実現させている佐藤さん。「まだまだ課題や、やりたいことがたくさんある」という彼女のチャレンジはこれからも続いていく。

MUSASI D&T株式会社
住所:宮城県仙台市青葉区大町2-12-13 東山設計ビル
TEL:022-281-9023

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