学生とともに歩む、「サスティナブレッド(持続可能なパン屋)」の挑戦。

Vol.09
株式会社クロールアップ「土樋パン製作所」

東北学院大学土樋キャンパス正門の通り向かいにある「ホーイ記念館」。1階は全面ガラス張りで、通りを歩いていると、中で自主学習に励んだり、友人と談笑する学生たちの姿が散見される。
「土樋パン製作所」があるのはそんなホーイ記念館の一画。約60種類のパンがずらりと並び、店内には香ばしく、仄かに甘い香りが満ちている。地元の青果市場から仕入れた新鮮な野菜も販売しており、学生だけでなく、近所の住民やパン好きの一般客の姿も多い。「サスティナブレッド」を理念に掲げる、新進気鋭のパン屋の取り組みを取材した。

できるだけ捨てないように、できるだけ必要な分をつくる。

「土樋パン製作所」が東北学院大学のキャンパス内にオープンしたのは2021年7月。仙台市内でケータリングサービス事業や飲食店事業を手掛ける及川大生さんの発案がきっかけだ。「もともと別のパン屋が入っていたので設備が整っていましたし、学校関連ということで尚絅学院高等学校での売店経営の経験も生かせる。パン屋を開くならここだ、と思いましたね」。これまで飲食店事業の中で経営してきたのは天ぷらを扱った居酒屋が中心で、パン屋は初の試みとなる。パン作りにおけるモットーは、県内産・国内産の素材を使用し、「できるだけ捨てないように、できるだけ必要な分を、できるだけ必要な人に」提供すること。それが、及川さんたちが考える「サスティナブレッド――持続可能なパン屋」だ。
この理念の背景には、これまでの経験に基づく食品の「廃棄」に対する問題意識があった。「ケータリングサービスや飲食店では、売れ残った食材は捨てなければなりません。ケータリングサービスでの廃棄率は約20%と高く、そのことにもどかしさを感じていました。だから土樋パン製作所では、廃棄率を5%まで抑えることを目標に設定しています」。通常のパン屋と比べても早い時間帯でその日の製造をストップするなど、売れ残りを増やさないための工夫が随所に見られる。

入り口すぐの壁には土樋パン製作所の理念が大きく掲げられている。

理念に共感してくれた学生たちとの共同企画、始動。

及川さんの理念に共感した黒澤剛さんは、パン職人として積み重ねてきた長年の知識や経験を生かし、土樋パン製作所でパン製造の責任を一手に担っている。価格はリーズナブルなものから300円を超えるものまでさまざま。学生だけでなく、一般のパン好きの人たちにも満足してもらえる「価値あるもの」を届けたい、という思いが現れている。こだわりは国産の小麦粉を使った無添加の生地づくり。しっとりと柔らかいながらも密度のある食パンや素朴な味わいの塩パン、季節のフルーツを使ったデニッシュなど、商品のラインナップは子どもにも大人にも人気のものが数多くそろう。

一般向けのおしゃれな内装も特長。来店客の7割は近所の住民など一般のお客さんが占めるという。

そんな黒澤さんと東北学院大学の学生たちが、一緒に商品開発をすることになった。2021年12月のことだ。「大学と河北新報社の連携事業の一環で学生が地域企業の課題を解決するというプロジェクトがあり、そこで声をかけていただきました。私たちが掲げる”捨てない”という理念に学生たちが共感したそうです」と語る黒澤さん。プロジェクト自体は10月にスタートし、月に2回のミーティングが行われた。土樋パン製作所が課題に感じていたのは、大学のキャンパス内ということもあって一般の人が入りにくいことと、「サステイナブル」を商品でどう表現するか、といった点だ。しかし、企画は思うように決まらず、気付けば時間だけが過ぎていた。
企画段階での転機について、及川さんはこう振り返る。「参加していた一人の学生の祖父母が県内でりんご農園を経営しており、そこでは市場に出回らず廃棄されるりんごがたくさんあるという話を聞きました。そのりんごを使って何かできないか、という話になり、そこからはトントン拍子で、りんごを使ったパンを作ることが決まったんです」。

土樋パン製作所を運営する株式会社クロールアップの代表及川さんも、学生とのミーティングに参加した。

初めてのイベント出店。お客さんからのうれしい声も。

規格外とはいえ、りんごの味や品質に違いはない。商品開発において黒澤さんが意識したのは、りんごの良さを味わってもらうために「加工しすぎない」ことだった。「中にはそのまま使用するのが難しいものもあり、ジャムに加工することもありましたが、なるべくりんごの食感を残すようにしました。何度か試作し、学生たちにも試食してもらいながら、大きさや価格を検討。消費者目線の意見は私たちにない視点のものも多く、とても参考になりましたね」。こうしてでき上がったのが、全3種類からなる「板橋さん家のりんごシリーズ」だ。

2022年1月に期間限定で販売された「板橋さん家のりんごシリーズ」
アップルシナモンシュガー
コキーユ・ポム
りんごのガレット

「初お披露目は、1月8日から10日までララガーデン長町で開催された『パパパ・パンまつり』でした。一般向けに販売し、11日から店頭販売を開始。提供していただいたおよそ250個(65kg)のりんごを使った商品は1月末までで完売するほど好評をいただきました」と、及川さんにとっても満足のいく結果となった。土樋パン製作所にとっては初めてのイベント出店でもあった。翌日以降は「イベントで買えなかったから」「イベントで食べて美味しかったから」というお客さんも大勢いた。

店長の黒澤さん。市場に出回らないりんごは形が不揃いのため、均質化が難しかったと当時を振り返る。
ララガーデン長町での「パパパ・パン祭り」会場。店名を覚えてもらうきっかけにもなった。

学生企画と経営者やパン職人とでは明確な視点の違いがある。どのようなパンを作るかを考える上で、及川さんと黒澤さんは「作って終わり」にしないことも重視し、学生たちにレクチャーしていた。「捨てられるはずのりんごを使ってパンを作ることはもちろん大事ですが、それを適正な価格で販売し、多くの方に満足していただくことが我々パン屋の本来の仕事です。学生たちにもその思いを伝え、意識を共有し、原価なども考慮しながら開発に臨みました」という言葉の端々に、経営者としての思いがにじむ。それは学生たちにとって、社会に巣立っていったあとでいっそう実感できる、経験的財産にもつながるだろう。

集まったりんごは約250個(65kg)

少しでも「捨てない」努力を。

「食べるSDGs」として始まったこの企画は、食品ロスの削減に貢献したことが評価され、2022年3月、一般社団法人未来教育推進機構(UMEDAI)が主催している「SDGs探究AWARDS2021」の学生部門で最優秀賞を受賞。こうした学生たちの姿に、及川さんと黒澤さんも大きな刺激を受けたという。「大学のキャンパス内にあるパン屋だからこそ学生たちとのコラボレーションが実現したし、社会の課題と改めて向き合うことができました。関連した取り組みを続けていくことが、今後ますます重要になってくると思います」と、及川さんも意気込む。

Instagramでも情報発信中。学生との企画にとどまらない「食べるSDGs」の取り組みに期待が高まる。

そんな土樋パン製作所で、3月から新たな挑戦として、前日に売れ残ったパンを別の調理方法で生まれ変わらせる「リメイクパン」の販売が始まった。本来なら値引きをして店頭に並べてしまいがちのいわゆる「余り物」に付加価値を付けることで、おいしさを持続させながら「捨てない」という理念をシンプルに実現する取り組みだ。そこにはパンの廃棄率を5%に抑えるという強い意志と、SDGsの「12. つくる責任 つかう責任」に通ずる思いがある。「正直なところ、廃棄せざるをえない場合もあります。でもやらないよりは、少しでも廃棄を減らす努力をした方がいい。だから”できるだけ”やるんです」。

入り口に掲げられた「サスティナブレッド」の理念がどのように進化し、あるいは学生たちに影響を与えるのか。今後の動向に目が離せない。

※SDGs……2015年9月の国連サミットで採択された、「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂生のある社会を実現するための開発目標。

土樋パン製作所 ※Instagramを開きます。
住所:仙台市青葉区片平2-1-3 東北学院大学ホーイ記念館1階
TEL:022-393-9883
営業時間:10:00〜17:00
定休日:土・日曜

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