将来の健康を見据えて挑む、児童・生徒の体力問題
Vol.26
東北文化学園大学 医療福祉学部リハビリテーション学科
スポーツ庁が毎年実施している、小学5年生と中学2年生を対象とした「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」では、テスト項目を点数化し、体力や運動能力を評価・測定している。その「体力合計点」の全国平均値が、平成30年度を境に各学年の男子・女子ともに大幅に下降している。運動時間の減少、学習以外のスクリーンタイム(平日1日あたりのテレビ、スマートフォン、ゲーム機器などによる映像の視聴)の増加、児童生徒の肥満率の増大といった従来の指摘に加え、ここ数年は新型コロナウイルス感染症による学校活動の制限が大きく影響したと考えられており、東北文化学園大学医療福祉学部リハビリテーション学科で教鞭をとる鈴木誠教授は、子どもの体力の低下が進行することで将来的に20〜30歳代でも生活習慣病や運動器障害を発症する危険性が高まると指摘する。今回は鈴木教授から、大学で行っている子どもの体力低下予防のための取り組みについて話を聞いた。
「人の基本動作」のしくみを知り、理学療法に生かす
私たちは普段、「歩く」「立つ」「坐る」といった動作を当たり前のように行っている。これら日常生活活動を支える動作を「基本動作」と言うが、日常ではまず意識することはない。ただ、病気や障害、怪我などの影響でこれらが困難ないしは今までよりも思い通りに動けなくなってしまう場合がある。そうした方々に対し、もとの生活への復帰をめざし、基本的動作能力の回復を図るため理学療法を行うのが、鈴木教授を含む「理学療法士」たちである。
人の身体運動に関する研究は古くから行われてきたが、基本動作の仕組みは現在も完全に解明されているわけではない。鈴木教授によれば「ここ数十年ほどの間に起きた技術革新によって計測機器の精度が飛躍的に向上し、研究が一気に加速した」という。「人間が歩くときや立つとき、身体のどの部分がはたらき、そして大きな力が作用しているのか、動きそのものを数値化できるようになったことが要因です。このような人の動きの定型性が分かれば、病気や怪我によって、どこに問題を抱えている可能性があるのか、どうすれば円滑に動けるようになるのか、基本的動作能力が困難または不自由さを抱えた方々への理学療法に応用することが可能です」。
成長期の怪我を未然に防ぐために
人間の運動器は筋肉や靭帯、骨、関節など、身体運動に関わるさまざまな組織・器官によって構成されており、運動器による動きが日常生活のあらゆる活動に直結している。逆に言えば、運動器が正常に機能しなければ日常生活が困難になるということでもある。肩こりや腰痛はその最たる例だ。
近年は健康志向の高まりもあり、将来寝たきりや要介護状態にならないようウォーキングやランニングを意識的に行う人も増えてきているが、実際のところ、痛みなどの症状が生じなければ運動が出来ることの大切さに改めて気付くことは意外に難しい。特に若年層ほどその傾向が強く、小・中学生の体力低下は全国的に問題視されている。「スポーツ庁が毎年4月に実施している”新体力テスト(全国体力・運動能力・運動習慣等調査)”の結果を見ると、全国の小・中学生の体力が大幅に低下していることが分かります。加えて、宮城県は全国平均と比べて子どもたちの肥満率が高いという特徴もあるため、理学療法士としての専門性を生かし、体力に関わる問題の改善に何かお手伝いができないかと考えるようになりました」。鈴木教授自身、中学の部活動中に骨折した経験がある。「理学療法士」という仕事に関心を持つきっかけとなった出来事だが、「防ぐことの出来た怪我だった」と当時を振り返る中で成長期の子どもたちの怪我の予防に力を入れていきたいという想いを強くした。
2017年に東北文化学園大学と東松島市との間で包括連携協定が締結されたことで「我々の想いに共感して下さり、関わりを持たせて頂くことができるようになった」と話す鈴木教授は、2019年から東松島市立矢本第二中学校で毎年独自の体力測定を実施している。「最初は部活動単位で行いました。体力調査によって部活動ごとに生徒の身体状況を明らかにし、その競技に合ったストレッチやウォーミングアップの方法などを指導することが目的です」。
男子は中学1年生頃から、女子は小学5・6年生くらいから、身体の成長に伴い腰や膝に痛みを抱えやすいと言われている。まず骨が成長し、伸びていく骨に筋肉が引っ張られることで体が作られていくのだが、この間の骨は構造的に脆弱な時期であるため、過度な運動で局所に負荷をかけてしまうと痛みが出たり変形したりして障害が起きてしまう可能性が高い。一方で、成長期の運動はその後の身体の発育にとっても大変重要な因子であることから、運動に積極的に取り組みつつも怪我を招かないよう、筋肉の柔軟性は特に維持しておかなければならないというジレンマもある。「筋肉をしなやかに保つためのストレッチは的確にやらないと効果は得られにくいです。だからこそ、理学療法士としての専門性を生かしてアドバイスを行いたいと思っています」。
公立中学校でストレッチ指導
部活動単位では運動部がメインとなり、文化部の生徒の測定ができない。そこで2020年からは学校全体に規模を拡大し、中学1・2年生を対象に年に2回、体育の時間に子どもたちの走力や身体の柔軟性を測定することになった。生徒一人ひとりに結果をフィードバックするだけでなく、保健体育の教員には学年や性別ごとの傾向を提示し、改善に必要なデータを提供することもあるという。
成長期のスポーツ障害について、野球やサッカーなど個々のスポーツに焦点をあてて傾向を分析する研究は数多く存在するが、公立中学校全体を対象とした事例は決して多くない。運動の得意な子やそうでない子も含めた、多くの子どもたちの健康を長期的に捉えていく上では必要な調査でもある。鈴木教授は「”子ども”とはエネルギーに満ち溢れている存在ですが、膝や腰に痛みを抱えて本来の動きが出来なかったり、動くとすぐに疲れたり、そんな子どもたちが昨今増えてきているのではないか」と危機感を募らせている。「大人になると仕事の影響などで運動の機会はさらに減少する可能性があるため、将来的に生活習慣病や運動器疾患が20〜30歳代で発症するようになってもおかしくありません」。
現代の子どもたちは外で走り回る機会が少なくなり、反対にスマートフォンやゲーム機を見るスクリーンタイムが増加している。新型コロナウイルス感染症で学校活動が制限され、一時期は体育の授業もなくなった。子どもたちの体力を引き上げるためには、もはや学校のみならず、地域社会全体での課題共有と支援が必要になってきている。鈴木教授は今後、実際の授業の中で自らウォーミングアップの方法を提案することも検討している。
健康の鍵は、成長期の「運動習慣」にある
矢本第二中学校内での活動は、体育の授業からさらに広がりを見せている。「保健室の先生から『保健だより』への掲載記事の依頼を頂きました。2021年度には”子どもの身体”をテーマに4回ほど記事を掲載いただきました。成長期に生じやすい膝や腰の痛みのメカニズムとその予防のためのストレッチ方法について紹介しました。少しずつですが、このような取り組みの輪が広がりつつあります」。
現在、矢本第二中学校での取り組みが中心となっているが、今後は活動範囲を広げ、県内の子どもたちの体力の底上げを目指していきたいと鈴木教授は考えている。
「人は、痛みや障害を抱えて初めて自由に動けることの有り難さを知りますが、そうした経験がないと“自分ごと”として捉えるのが難しいというのも事実です。だからこそ子どものうちから授業を通してストレッチを習慣化し、生活の一部として定着してもらうことで、大人になってからも意識せず続けられるようになることが大切だと思っています」。例えば肩が凝ったときでも、ストレッチを習慣にしていれば自分でケアすることができる。また、継続することで大きな怪我や病気の発症予防にもつながっていく。「最も重要なのは、将来、子どもたちが“身体を動かすことに抵抗のない大人”に成長してくれること。そのためにも、子どもたちの健康に長期的に関わっていきたいと考えています」。
「運動能力が劇的に向上した」という目に見える成果より、子どもたちが普段の学校生活を楽しく過ごせることが理想だと話す鈴木教授。中学時代の自身の怪我がきっかけで出会った理学療法士が今の子どもたちの健康を想う気持ちにつながっているように、教授と出会った子どもたちが人の身体や健康に関心を持ち、理学療法の道に進んでいってくれることを、その朗らかな笑顔の下で願い続けている。
東北文化学園大学 医療福祉学部 リハビリテーション学科
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