地域と未来につながる農業を模索し、先駆的な試みを続ける農業法人

Vol.43
有限会社 アグリードなるせ

6次化、スマート農業、さらに農業リサイクルの3つの取り組みを柱に、県内でも先進的な農業法人として、新たな時代の営農スタイルを切り拓いてきた「アグリードなるせ」。その試みの一つひとつは、次世代の農業のために。そして、農地と自然を守ることで地域の歴史や文化が明日につながっていくために。 新しいやり方を取り入れながら大切に営農を続ける農業法人の代表 安部俊郎さんに話を聞いた。

 

小麦を拡大し、加工施設を建設して6次化商品を製造販売

震災前は39ha(水稲25ha、大豆9ha、小麦5ha)で経営していたが、平成15年までにほ場整備を終了していたこと、平成18年に構成員14人が株主となり法人化(特定農業法人)していたことにより、震災後比較的早めに復旧することができた。土地関連の手続きや様々な補助事業の申請面などで法人格は必須のものだった。震災で経営状況は大きく変わった。近隣5法人のうち3法人が被災したため、その再編と機械装備の拡大が迫られた。とりわけ安部さんが震災直後から立ち上がり、地域住民と協力して除塩作業など復旧作業に奔走し、わずか2カ月で約60haの田植えと塩害を免れたほ場6haには大豆播種を行い、農地復旧・営農再開に指針となる光を灯したことが大きい。営農をあきらめざるを得なかった多くの農家の農地を預かり、今では100haを超える大規模土地利用型農業法人となった。
アグリードなるせの特徴は、水稲にこだわらず小麦に着目し、自分たちで生産し自分たちで売ることを基本に平成27年からいち早く加工施設の建設など6次産業化に取り組み、29年から直売所をオープンして自社生産の小麦粉を中心とした加工品を販売したこと。小麦に着目したのは、需要に見合う農産物を生産するという経営の考え方と、米離れからパン食への移行の傾向などを判断したからだという。震災前には水稲→大豆→小麦の順だった作付面積は、6次化後 麦→大豆→水稲と逆転した。

完成した農産物処理加工施設「NOBICOのびこ」は国の「強い農業づくり交付金」を活用したもので、自社栽培した各種小麦の製粉とともに精米・無洗米製造・米粉製造を行っている。小麦の製粉作業量は約300kg/日。自家栽培した原材料を使ってつくられるバウムクーヘン「のびるバウム」は東松島の新しい名産品と言われるほど人気を呼んでいる。そのほか、焼き菓子・地ビール・納豆・上白米・玄米・小麦粉などを「のびる村直売所」で販売する。
小麦粉は仙台市内「ほの香コーヒー」のスコーンなどの材料として納入されている。材料の品質にこだわりを持つ「ほの香コーヒー」ではアグリードなるせの小麦栽培、収穫、製粉の様子をPVで流している。小麦は宮城県産の優良品種シラネコムギ。宮城県の気候と生育期間の特性に合わせて開発された品種で、タンパク質含量が多く加工性も高いのでパンや麺づくりに好適な品質となっている。
また同所、農産物集荷冷蔵保管施設「MURAZO むらぞう」は、「みやぎの農業地域活性化拠点整備モデル事業」を活用したもので、収穫した麦・米・大豆など穀物類の保管を目的とし、倉庫内の温度を常に一定に保つことにより年間を通して高品質な穀物の提供をすることができる。




農産物処理加工施設「NOBICO」と「のびる村直売所」。自家栽培している小麦と国産の卵、北海道産のバターにこだわり、東松島の名産品となったバウムクーヘン「のびるバウム」も製造販売している。




「NOBICO」には、精米設備・米粉設備のほかに、小麦専用の製粉設備も備えられており、約300kg/日を加工することができる。

 

スマート農業の実証によって省力化とコスト削減を達成した

令和元年、農水省の「スマート農業実証プロジェクト」に参画し、県内の先頭を切ってスマート農業の実証事業に関わった。ICT、ロボット技術などを活用するスマート農業は、作業の自動化、管理の最適化など生産性を飛躍的に高め、農業の持続的な発展に不可欠な技術と言われる。宮城県は、大規模土地利用型経営体で、生産から出荷までの一貫作業にスマート農業技術を活用した現地実証を行うため「スマート農業実証プロジェクト」に応募し採択された。その大規模土地利用型経営体の実証農場として選ばれたのがアグリードなるせ(令和元年採択)だ。
アグリードなるせの小麦ほ場で実施された現地実演会では、耕起・播種・収穫作業のスマート農業技術を同時に実演するという全国初の試みが行われた。実演されたのは、食味・収量センサー付き汎用コンバインの自動運転による小麦の収穫作業、ロボットトラクタによる無人での耕起作業、高速汎用播種機による大豆播種作業など。
実証プロジェクトの目標は、明快だ。生産コストの削減だ。スマート農業技術・機械を導入することによって、農作業の作業効率を上げ、労働時間を削減し、生産費を削減するのが狙いである。たとえばGPSアシストトラクターに高速汎用播種機を接続して使うケースについて、安部さんは当初から水稲・大豆・麦・子実トウモロコシと4つの作物をこれ1台で作業でき、機械の汎用利用による生産費の削減につながるのではないかと評価していた。農水省の「スマート農業プロジェクト」のサイトでは、各プロジェクトの実証データが公表されている。それによれば、アグリードなるせにおける「GPSアシスト操舵トラクタ+高速汎用播種機」による作業は、従来の機械と方法で作業した場合に比べて、47%効率化した。また「食味・収量センサー付き汎用コンバイン」では、従来より41%効率化している。これらの導入により、経営全体の労働時間が約40%削減されたというデータも示されている。
さまざまな農業機械を活用して各種の農作業について検証が行われたが、地域の地形や作業特性などの条件にうまく合わなかった農業機械は実証後返納する。アグリードなるせではラジコン除草機は、多くの畦畔(ほ場の境目につくった盛り土の部分)を刈る場面に適合しなかったので使わない判断をした。田植機、GPSアシストトラクター、ロボットトラクター、食味・収量センサー付き汎用コンバインは、現在も活用されている。
アグリードなるせでは、直播栽培を現状で全体の約80パーセント行っている。直播栽培とは、水稲栽培において田植えをせず田んぼに直接種籾を蒔く方法のことで、田植えをしなくていい、苗を育てなくていい、育苗ハウスをつくらなくていい、という大きなメリットがある。つまり直播栽培は、稲作の大規模化・低コスト化・省力化のためのキーテクノロジーということができる。大規模経営に適合するといち早く着目し直播栽培を導入した安部さんは、直播によって約25%の省力化を達成していると語る。この直播栽培の場で、GPSトラクターやラジコンヘリが活躍している。大型ほ場に適していると言われるラジコンヘリによる薬剤散布などの仕事量は、1日60haとドローンの4、5倍はあるという。


水稲のほ場で、耕起された乾田に種籾を直播するGPS トラクター。この後、苗立ちしたら水を入れる。

 

食品廃棄物由来の有機堆肥で環境保全とCO2削減を目指す取り組み

次世代農業で大切なのは、ただロボットやIoTを活用して効率化するということではない。それらの運用によって、どのような農業につながっていくのか、未来への視点を持つということ。そのような考え方からすれば「環境」というテーマははずせないものとなる。
アグリードなるせでは、早くから環境に配慮した農業生産というテーマに取り組んできた。そのキーとなるのは、土づくりと肥料だと、安部さんは話す。平成28年から輪作栽培に子実用トウモロコシを組み込むことで地力の増進を図ってきた。子実とうもろこしとは、トウモロコシの実だけを収穫し乾燥穀実として家畜飼料用に使われるもの。水田・大豆・麦の輪作に組み込むことによって、農家はほ場の排水性改善、地力(土地が作物を生育させうる能力)の増進、機械の汎用利用による効率化、規模拡大などが期待される。
一方、国としてもいま輸入している家畜飼料などを国内生産に切り替えて、自給率を向上させることができるとされており、注目されている。 アグリードなるせは、飼料用トウモロコシの作付が15haにも及ぶ。もともと6次化でバウムクーヘンを製造するようになって卵を多く使うようになり、そのため鶏の餌用としてトウモロコシへの取り組みが本格化したのだ。6次化とスマート農業、環境への取り組みがすべて連関しあって、安部さんが目指す農業が組み立てられている。

環境に配慮した農業生産を考えていく場合、化学肥料にとらわれない米づくり、麦・大豆も含めたものづくりに取り組んでいく必要があると安部さんは考えている。今までの土づくりは化学肥料に頼りっぱなしだったが、そういう時代からは抜け出さないといけない。近代農業において、化学肥料つまり工業生産された窒素は作物の増産に欠かせないものだったが、多量投入された化学肥料によって環境負荷がかかっているという問題点が出てきた。たとえば増収を図るために農地に施肥された窒素肥料の50%以上は作物ではなく、農地外へ流出しているという報告もある。これからの農業においては、有機肥料が重要なポイントになっていくだろう。
アグリードなるせは、2023年から有機堆肥を使うことによる農業リサイクルにも積極的に取り組んでいる。株式会社東北バイオフードリサイクル仙台工場(仙台市宮城野区蒲生)では、食品廃棄物を高温で発酵させてバイオガスを発生させ、再生可能エネルギーとして発電している。さらに発酵残渣を処理することで有機肥料化を目指しているが、アグリードなるせでは、このリサイクル会社と提携して有機堆肥として仕入れている。 同工場では、一日最大40トンの食品廃棄物を微生物により発酵し、発生するメタンガスを燃料にして一般家庭の約1500世帯分相当の発電を行っている。これにより従来の焼却により発生していたCO2を年間約3,000トン削減し、地球温暖化防止にもつなげている。アグリードなるせの取り組みは、リサイクルの輪に参加することでCO2削減にも貢献していくこととなる。
現在、飼料用トウモロコシの畑にこの有機堆肥を実証的に施肥している。今後水稲にも使用を広げていきたいという。有機堆肥は微生物の活動が活発で、農産物の生産性と土壌の質向上に好影響をおよぼすとされる。


実証的に使用を開始している有機堆肥。

いま、世界的な穀物需要の増加やエネルギー価格の上昇に加え、ロシアによるウクライナ侵攻などの影響により、化学肥料原料の国際価格が大幅に上昇し、肥料価格が急騰している。これからの農業の中でコストの低減を図っていかなければいけないという課題があるが、最大のテーマはこの肥料の問題だと思っている、と安部さん。2021 年頃から原油・肥料・飼料価格が軒並み高騰している。とにかく原料代が高い。コスト増は非常に大きい課題になっている。一部は農水省「肥料価格高騰対策事業」で補助申請が可能だが、個々の農林事業者がマネジメントしなければいけない時代になっていると、安部さんは指摘する。
安部さんは、次世代農業というものをほんとうに切り開いていくためには、農業のことだけ考えていればいいというわけではない、と話す。地域のこと、いろいろな産業・企業とのつながり、医療・福祉や観光とも手を組んでいかなければいけない。次の時代にもつながっていける働き方、若い人がやってみたいと言ってくれるような仕事をつくり出すために、安部さんは自ら動いて、語りかけて、実践して、ものごとを進めていく。その先は、きっと明日の農業につながっている。

100ha を超える広大な土地でアグリードなるせの次世代営農が展開されている。ここは水稲以上の作付面積を持つ小麦のほ場。11 月に播種し、6 月ごろ収穫となる。

 

有限会社 アグリードなるせ
住所:宮城県東松島市野蒜字神吉5-1
TEL:0225-88-3645

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