ハードルはどこまでも低く。
石巻発のエンタメが生まれる場所づくり

Vol.46 石巻劇場芸術協会

石巻市中央一丁目、通称「石巻文化通り」。ライブハウスや現代アートギャラリーなど、古くから時代に合わせた石巻カルチャーを牽引してきたこの通りの一画に、カフェを併設したミニシアターがある。空き家を改修し、2022年8月に産声を上げた劇場型複合エンタメ施設「シアター キネマティカ」。まるできらきら輝く宝石箱の中身のように、この場所には映画や演劇、ライブ、お笑い、落語、ダンスといったあらゆるエンターテインメントが集まっている。
合言葉は「That’s Entertainment」。街に再び文化の灯をともすため、走り出した二人のクリエイター・矢口龍太さんと阿部拓郎さんに話を伺った。 

始まりは、「ISHINOMAKI2.0」が生んだ2人の「道化」

矢口さんと阿部さんの出会いは2016年まで遡る。東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻を盛り上げ、「世界で一番面白い街づくり」を実現するために始まったプロジェクト「ISHINOMAKI2.0」に参画したことがきっかけだ。

 

東京で映像制作や演劇、ライター編集・校正作業などクリエイティブ関連の仕事や表現活動にマルチに携わってきた矢口さんは、震災を機に地元との関わり方を見つめ直すようになったという。「ワークショップに参加した被災者の話を聞き、これまで培ってきた自分の表現活動なら、被災した地元の人たちを元気づけることができるかもしれないと思いました」と語る矢口さんは、ISHINOMAKI2.0が最初の活動拠点として立ち上げた「IRORI石巻」を活用し、音楽や演劇など誰もが気軽に表現することを楽しめるイベントの企画・運営を始めた。活動を始めた2012年から2016年まで、東京と石巻を往復する日々だった。
一方の阿部さんは、もともと地元志向は強くなかった。「田舎の若者にありがちな考えで、とにかく都会に憧れていました」という言葉の通り、震災後、東京で行っていた音楽活動を辞めて地元・石巻に戻ってきてからも、地元に対する鬱屈した心は晴れなかった。しかしふと、思考が切り替わる瞬間があったという。「なぜ都会じゃないとダメなのか?――都会と比べて遊ぶところが少ない、お店が少ない、くらいしか理由がないことに気付いてしまったんです」。そこで見付けたのが、ISHINOMAKI2.0が実施する「地域自治システム」のサポート事業における人員募集の知らせである。「地域の人たちとのつながりの中で石巻のいいところ・悪いことを知り、地元を好きになっていきたかった」と、阿部さんは当時の心境を振り返る。

当時の復興関連のイベントは、主催が「イベントをやった」ということに満足して帰っていくものも多く「本当に地元のためになっているのか?」と疑問だったという矢口さん。そのため自身が企画したイベントは12年間にわたり定期的に行った。

地元民の自分より石巻のことに詳しい市外・県外のスタッフばかりで、地元を盛り上げようという意識がまったくなかった自分が恥ずかしくなった、と語る阿部さん。今では石巻を支える名プレーヤーの一人だ。

ISHINOMAKI2.0では、矢口さんは移住コンシェルジュ、阿部さんはコミュニティサポートを担当し、はじめのうちは仕事上の接点は多くなかったという2人。そんな2人をつないでいたのは音楽や映画・演劇への情熱と、誰もが気軽に遊びに来られる場所を作りたい、という思いだった。現在もラジオ石巻で毎週金曜日に放送され、店舗名の由来にもなっているラジオ番組「劇場キネマティカ」は、そんな2人の共通した思いの上に成り立っている。
「2.0に在籍するのは地域に対する思いがとても強い人たちでしたが、その分どうしても“敷居が高い”と思われてしまう部分がありました」と語る2人は、自分たちが持つコメディカラーを最大限生かし、「どこまでもハードルを低くしようとした」という。阿部さんは当時の自分たちについて「“瞬間的に道化になれる才能”みたいなものがあったんだと思います。人を笑わせたり、あえてふざけて見せたり」と分析した。

阿部さんよりも3か月ほど早くISHINOMAKI2.0に入った矢口さんは、阿部さんのことを「これまでの2.0にはいないタイプだと思った」という。

かつての地域コミュニティの場に、再び映画の灯をともす

現在の店舗外観。資金はクラウドファウンディングで募り、目標300万円に対し470万円達成。

「シアターキネマティカ」の建物の隣りには、2017年に惜しまれながら閉館した老舗映画館「石巻日活パール劇場」があった。上映されていたのはロマンポルノ。その独特のアングラ的な空気は近づき難くあった一方、銀幕の上で繰り広げられるノスタルジックな世界は慥かに数多くの映画ファンを惹きつけていた。
「映画の灯を絶やしてはいけない」
この言葉は、震災で石巻が壊滅的な被害を受けた際の当時の館長の「震災に負けない」という思いを強く表したものだ。近くに北上川が流れる文化通り一帯も浸水被害を受けたが、館長は震災から約3か月で営業を再開。映画を上映し続けることが地域の人々の支えになる、という館長の姿勢に、矢口さんも阿部さんも揃って感銘を受けたという。
「店舗がある場所はもともと”スペース千人風呂”といって、震災復興に携わった方やボランティアの方々の交流拠点でした」と話す矢口さんによると、震災後、永巌寺境内の駐車場に設置された仮設入浴施設「千人風呂」が移転し、コミュニティスペースとして活用されるようになったのだという。「既にステージがあり、当時は音楽ライブも開催されていたらしいです」。

もともと映画や演劇が好きだった2人だが、初めから「劇場をつくりたい」と思っていたわけでもないという。「男の子が抱く“自分の基地が欲しい”みたいな感覚でぼんやりとした夢はありました。でも具体的にどうするかまでは考えたことがなかった」と語る矢口さんに、阿部さんも同意を示す。「この店舗の構造と周囲の歴史を知ったときに初めて自分たちのやってきたこと・やりたいことの点と点がつながって、直感的に“ここで劇場をやりたい!”と思いました」。
自分たちの趣味や好きなことの延長として劇場をつくるのではなく、この土地に根付いた映画文化と、地域住民が集まる場所として使われてきた背景を持つこの場所だからこそ、「自分たちがやらなければ」という強い使命感に駆られたという2人。オープンに向けての準備では、日程を先に決めることを何より優先した。
「プレスリリースは、震災10年の節目を迎え、新たな一歩を踏み出す日となる2021年3月12日に。オープンは翌年の2022年で、日活パールの館長の命日である8月5日に設定しました。オープンと同時に、私たちが預かっている日活パールのネオン看板に明かりをともしたかったんです」。

誰もが「プレーヤー」になれる、複合型エンタメ劇場

劇場の座席数は約30〜35席。寄付によって集まったソファには劇場に期待を寄せる地域の方々の思いも込められている。

シアターキネマティカは、配給会社と提携して映画を上映する通常の映画館とは一線を画した映画の楽しみ方ができる場所だ。
「自分のおすすめの映画を上映したい」
「自分たちの演劇を披露したい」
「この場所を使って何か新しいことをしてみたい」
石巻市民の活躍の場・表現の場として使いやすい劇場は、これまでの石巻にはなかった。「最近では毎週末のように地域の人たちが自分で企画を立ててさまざまなイベントを行っています。映画や演劇だけでなく、音楽やお笑い、ダンス、アートなど、バラエティ豊かな劇場になってきました。以前に比べて自主的に何かおもしろいことをやってみようとする前向きな姿勢の人たちが増えたように思います」と、2人は満足げに話す。
6月には仙台市内に店舗を持つメイド喫茶との2回目のコラボ企画が実現。地元住民にも好評を博した。まさに「複合エンタメ施設」。ISHINOMAKI2.0では常にプレーヤーであり続けた2人が、石巻に住むあらゆる「プレーヤー」となりうる人たちのために、さまざまなエンタメに応えられる場所を作りたいという思いがこれでもかと体現されている。誰もが気軽に参加できるよう、ハードルは低くありたいというISHINOMAKI2.0時代からの思いも健在だ。
「映画や演劇って、通な人じゃないと入りづらいというイメージがあると思います。キネマティカはカフェを併設し、その奥に劇場があるので、初めて来た方の中には“映画館だったの!?”と驚く方も多い。そうした表面的な入りやすさは私たちの強みであり、また課題でもあると感じています」とはにかむ矢口さんに、「気軽に入ってこられるような努力はこれからも続けていかないといけない」と阿部さんも決意を新たにしている。
「落語や古い映画の上映時は年配の方が多く集まり、高校生による自主企画のときは高校生が集まる。企画内容によって訪れる年齢層は変わりますが、古い映画を上映する企画『石巻名画座』に関しては、最近若い人たちも観に来るようになりました。市民の受け止め方も変わってきているのを日々感じています」。

「石巻名画座」以外にもさまざまな上映企画があり、心待ちにしている映画ファンも多い。

カフェ「City Lights」には、コロナ禍で閉店する店舗が増え、街から明かりが消えていく様子を目の当たりにした2人の「街に明かりを灯したい」という思いが込められている。

市民向けの貸館事業だけではなく、ドラマや映画など映像製作に携わる人たちに対しても一定の役割を担っているところは、ほかにはないキネマティカの特徴の一つでもある。
「震災後10年を機に2021年3月に放映されたNHKドラマ『あなたのそばで明日が笑う』(綾瀬はるか主演)では方言指導を行いました。被災した地元民が古民家を改修して本屋を始めるというストーリーでしたが、震災の話は人によってかなりセンシティブなものなので、方言一つで違和感を覚えられたら嫌だなと思ったんです」と話す矢口さん。ドラマが伝えたいこと、石巻市民が伝えたかったことが視聴者にきちんと伝わってほしいという思いは、石巻を愛しているからこそ誰よりも強くあった。
ほかにも、俳優・宅間孝行さんがプロデュースするエンターテインメントプロジェクト「タクフェス」で公演された、かつて石巻市内にあった「岡田劇場」を舞台とする演劇『天国』でも、取材のアテンドや方言指導などを行ったという。こうしたつながりが縁となり、今では石巻市のフィルムコミッション(映画やテレビドラマ、CMなどのロケーションを誘致し、撮影がスムーズに進行するようサポートする非営利団体)のような立場も確立しつつある。

新企画続々、文化通りエリアを石巻の「おもしろスポット」に

キネマティカの外壁に残されている愛媛在住の画家・海野貴彦氏による描きかけのイラストには、「次に来たときに完成させる」という強いメッセージが込められている。

チャレンジショップ「BUNKA BOX」は今年中のオープンに向けて鋭意製作中だ。

市民の表現活動の場としてはもちろん、自分たちも発信する立場として、オープン以来さまざまなエンタメ企画を打ち出し続けている。そのうちの一つが、2023年9月に開催されたアート系新企画「石巻文化旅行」である。文筆家でもある品川亮監督によるドキュメンタリー映画『ほそぼそ芸術 ささやかな天才、神山恭昭』の上映をはじめ、アートや音楽、マルシェやワークショップなどを複合的に楽しめる仕掛けを打ち出し、参加したアーティストからは「こんなにストレスがないイベントは初めて」と喜びの声が上がったほど。「参加者全員がのびのびとアートを楽しめる2日間だった」と2人は振り返る。第2弾も計画中とのことで、続報に期待したい。

石巻にも劇団はいくつかあるが、キネマティカができるまで定期的に発表できる場というものはなかった。11月に3年ぶりに開催される「いしのまき演劇祭」では、キネマティカで1か月の間、毎週末にわたって演劇が公演されることになっている。「キネマティカを会場に演劇祭を実施することで、石巻における演劇は一つのターニングポイントを迎えることになると思います。気軽に演劇に触れられる場所が石巻にもあるんだ、じゃあやってみよう、と思っていただける方が一人でも増えたらうれしいですね」と、矢口さんは期待を寄せている。
さらにカフェの隣では新たにチャレンジショップ「BUNKA BOX」の製作が急ピッチで進められている。チャレンジショップとは、飲食店や雑貨店などに興味はあるが、知識やスキル・道具がないためなかなか始められない若者の「やってみたい」を応援する場所。「例えば“ラーメン屋さんをやりたい”という人に場所や設備を提供し、期間限定で店舗をオープン。その期間内で経験を積み、独立を支援していくことが目的です」と笑顔で話す阿部さん。リノベーションは業者に頼んだ一部を除き、ほぼ自分たちと、2人を先導してくれる仲間たちの手で行っているという。作業半ばの店舗スペースからは、石巻らしい人情みを感じられる場所になりそうな気配がひしひしと伝わってくる。
さらに併設するカフェでは、若い人たちにも気軽に立ち寄ってほしい、という思いから、飲み屋の帰りに利用しやすい「夜カフェ」の営業も始まっている。

自分たちが道化となり、周りを巻き込みながら活動を続けてきた2人は、「文化通り」として親しまれてきたエリア一帯をさらに盛り上げ、キネマティカを起点に「自分もやりたい」と思うプレーヤーを増やしていこうと走り続ける。
石巻発の映画・演劇が作られる未来も、そう遠くないのかもしれない。

石巻劇場芸術協会
住所:宮城県石巻市中央1-3-12
TEL:0225-98-4765

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