潮風の町で醸す、物語のあるビール

Vol.75
株式会社ファロ

週末、がんばった自分に贈りたいのは「1杯のビール」という人も多いだろう。
もちろん気の置けない仲間や家族と囲む食事にも欠かせない。
そんな「日常だけど、大切なひととき」にぜひ一度加えてほしいのが、宮城と福島の県境・山元町の旧坂元中学校の醸造所「ファロブルーイング」で作られるクラフトビールだ。
作り手は、国内外のブルワリーで経験を積み、国際的賞も受賞した醸造家・半田成さん。着々と準備を重ね、同所で2025年11月から醸造を開始した。

 

海と山に囲まれた元中学校でストーリーは始まる

「なぜクラフトビールの製造を?」の問いに、半田さんの答えは「もともとビールが好きだったから」と至ってシンプル。そして「クラフトビールは大きな利益を生む産業とは言い難いですが、それでも続けていけるのは好きだからこそ」と続ける。

「酒どころ」である山形県出身の半田さんは、関東やオーストラリアなど様々な醸造所で約8年間、ビールの醸造に携わってきた。各地で経験を積むうちに、醸造技術を学ぶだけでなく、醸造所が地域や風景、そこで暮らす人々とつながっていて、それがその土地ならではビール作りに生かされ、魅力となっていることに惹かれ、いつしか「独立して自分の醸造所を持ちたい」という思いに変わる。

「最初は山形を中心に物件探しを始めましたが、大型タンクを設置できる天井高、機械や設備の洗浄に対応した下水設備は必要不可欠だし、事業を続けるために家賃などのコストも抑えたいところ。醸造所として使える建物を見つけるのは想像以上に苦労しました」と半田さん。

元給食室だった空間に並ぶのは仕込みや発酵の設備。

 

そこでターゲットを宮城や岩手まで広げ、インターネットの掲載物件や不動産会社、人づての紹介、自治体への直接訪問など、あらゆる方法で探し続けた。「誰ともわからない人間が問い合わせるわけですから、なかなか話は聞いてもらえません。物件探しは1年以上かかりました」。

そんな中、たどり着いたのが山元町役場だった。担当者は、半田さんが初めて問い合わせたその日のうちに物件を案内してくれ、その後も何くれとなく親身になって相談に乗ってくれた。紹介されたのが現在、醸造所を構える旧坂元中学校の校舎だ。十分な広さがあり、閉校から4年しか経っておらず、建物の状態も良好。毎年マルシェが開かれるなど、人の交流もある絶好の物件だった。半田さんはすぐに町の公募に応募。複数回のプレゼンテーションを経て見事採択された。

堂々とした旧坂元中学校の校舎。2021年に閉校している。

 

飲む人の気持ちやシーンを思い描きながら醸す

「ファロブルーイング」の核となるビールは、「ツバメドラフト」と「ファロIPA」の2種類だ。「ツバメドラフト」は原料のモルト、ホップ、酵母の個性を活かしたシンプルな製法で作られている。爽やかで炭酸が効いた、ライトな味わいが魅力で、どんなシチュエーションでも飲む人に寄り添えるビールだ。かたや「ファロIPA(India Pale Ale)」は、半田さんが飲む人に「衝動」を与えたいとつくったビール。ホップ感を主体にボディ、甘味、苦味、炭酸を絶妙なバランスで仕上げたビールだ。ラベルには半田さんの情熱が伝わる真っ赤な焚き火(ファロはイタリア語で「焚き火」の意味)が描かれている。

他にも、地元の農園の柚子と宮城産海水塩を活かした、鍋料理と一緒に楽しみたいYUZU SALT WHEAT「NABE」や、朝から晩まで働いた後にグビグビ飲みたくなるようなITALIAN PILSNER「VESPA(イタリア語でスズメバチの意味)」など、素材の背景や飲むシーンなど、様々なストーリーを感じさせるビールが生まれている。

ファロブリューイングの核となるビール。シンプルだけど作り手の情熱ややさしさが伝わるデザインだ。

 

「ビール好き」という純粋な気持ちが原動力になっている半田さんだが、実はワインやウイスキー、日本酒など幅広い酒も楽しむ。その多様な味わいや文化からも刺激を受けている。

「ビールの世界だけに閉じず、ワインや日本酒など他の種類はもちろん、建築や絵画、音楽、映画など他分野からインスピレーションを得て、レシピやネーミング、ブランドの表現に活かしています」。

クラフトビールは一般的なビールより価格が高い嗜好品。だからこそ半田さんは「このビールにどんな価値があるのか」を伝えることが重要だと考えている。味わいはもちろん、ビールの背景や思いを感じもらいたいとラベルデザインやネーミングにもとことんこだわっている。

「流行に合わせるだけではなく、自分自身の感性や経験を絞り出して表現することがクラフトビールの魅力。そのためには自分自身が学び、アップデートすることが必要不可欠だと感じています」

 

ビールと、人とつながる第三の居場所を作りたい

「ファロブルーイング」が製造するビールは、濾過・火入れをしない生ビール。2026年1月からは樽ビールでの出荷に加え、缶ビールの製造・販売も行っている。作りたての美味しさを届けるためにどちらも要冷蔵。現在は半田さんが品質管理に信頼のおける飲食店や店舗にのみ卸している。もっとも多いのが関東で約7割、仙台が2割、残りは北海道から九州のクラフトビール専門店で取り扱っている。

醸造所からもっとも近い取扱店は、JR坂元駅に隣接する山元町の農水産物直売所やまもと夢いちごの郷」。お土産に購入する人も増えていて、売り切れることも多いのだとか。

半田氏が将来的に実現したいと考えているのは、ビール作りの様子を眺めながら出来たての生ビールを楽しめる「タップルーム」だ。山元町ならではの食材を使ったおつまみなども提供したいと考えている。

その背景にあるのは、この場所を「サードプレイス」として機能させたいという思いだ。「家でも職場でもない、気軽に立ち寄れる第三の居場所として、ビールをきっかけに人と人がつながるコミュニティを育てたい。ビールにはワイワイと場を盛り上げて人と人をつなげる魅力があると思うんです」と半田さん。実際、他の地域ではランニングコースと一体となったブルワリーなどもサードプレイスを実現している事例も多い。

屋上からは海も山も見晴らせる。ここで飲むビールはさぞかし美味いに違いない。

 

まずは製造と販売を安定させることを優先に、イベント形式で様々な生ビールを提供しつつ、来場者数や季節ごとの需要を見極めながら、目指すタップルームの形について模索を続けていくという。

そんな遠くない時期に、この穏やかで、どこか懐かしい醸造所から、新たなビール&コミュニティ誕生のニュースが届くことだろう。どんなビールが並ぶのか、どんな空間になるのかを思い巡らしながら、まずは前祝い。幸運の象徴。ツバメラベルのドラフトで小さく乾杯したいと思う。

 

株式会社ファロ
宮城県亘理郡山元町坂元字山作1
https://www.instagram.com/falobrewing/

 

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