企業主導型保育事業の強みを活かし「誰もが自分らしさに向き合える保育園」を目指す。

Vol.47 のいえ保育園

「誰もが自分らしさに向き合える保育園」をコンセプトに、2021年3月に宮城県仙台市青葉区に開園した企業主導型保育園「のいえ保育園」。

企業主導型保育事業は、国(こども家庭庁)が推進する制度で、従業員の多様な働き方に応じた保育を提供する企業等を支援するとともに、待機児童対策に貢献することを目的として平成28年度に創設された事業である。 複数の企業が共同で設置や利用をすることができ、働き方に応じた多様で柔軟な保育の運営を目指す、仕事・子育ての両立支援に役立つ制度として近年注目されている。

のいえ保育園は、子どもたちの探究心があふれ出すような保育を大切にし、多様な選択肢の中から「自分らしい選択をして、それをやり抜く力」を育む環境づくりが特徴的だ。保育園の開園に至った経緯、保育業界にかける想いを施設長の石川聖さんに語ってもらった。

保育園の立ち上げに至った経緯や想い、企業主導型保育事業が貢献できることは

保育園開園に至るまでの経緯を話す石川聖さん。

保育園が始まった経緯としては、設置企業である「中城建設株式会社」や「株式会社N’s Create.」で働く従業員から“自分の子どもを保育してほしいと思える保育園を探す大変さ”“自分のキャリアを考えたときに女性がライフプランを選択することの難しさ”について声が上がったことがきっかけであったという。自分たちの子どもを保育してほしいと思える園はどんな園か、子どもたちにとって良い保育とは何かを、3年かけてじっくり考えて作り上げたのがこの「のいえ保育園」であった。

設置企業である「中城建設株式会社」は建設という「ものづくり」の分野だけでなく、地域に根差した建設会社として福祉事業や農福農業(農業と福祉の連携事業)などの「ことづくり」を幅広く手掛けている。
また、「株式会社N‘s Create.」はリノベーション事業やCREATIVE LAB事業など、建設・デザインといった「住まいづくり」を中心に、その街・社会に求められる価値の創造を目指して不動産×クリエイティブの分野で活躍する企業であり、設置企業と共同で保育園を設立。この2社の設置企業と、運営委託先の「学校法人曽根学園」の3社の知見・リソースを活かし、子どもたちや保護者、職員、地域の方々に開かれた保育園を目指しているという。

石川さんは仙台市内の幼稚園で9年間勤務した後、2017年に保育士起業家として独立。現在は「のいえ保育園」の施設長として園運営をしながら、保育専門学校の非常勤講師や保育者の学ぶ場づくりを行い、保育現場の課題解決に取り組む。


幼稚園で9年間従事する中で、保育の仕事の素晴らしさを感じた一方で課題や問題に感じるところもあった。子どもの育ちにとって良い環境をつくるには、一方的に教えたり与えたりする環境ではなく、子どもとの相互的な関わりを通して、子どもと関わる大人自身も学んだり成長し続けたりすることが大切だと語る。

開園に向けたプロジェクトが始動した当初より、保育者自身が観察やコミュニケーションの中で承認を入口にした関わり方、対話的な環境づくりを行うことで“誰もが自分らしさに向き合える保育園”をつくりたいという想いを持っていた。保育施設が数多くある中で石川さんが「企業主導型保育園」を選択した理由は、“社会で働く保護者や保育士のため”であった。

「企業主導型保育事業の特徴としては、まず自社で働く従業員のためというところがあります。働く側としても自分のライフプランを考えたときに見通しが持ちやすくなる点と、雇用する側としても長期的なキャリアの展望を持ちやすくするための一つの手段として企業主導型保育事業があり、保育園が見つからないことで、育児休業後に働きたくても働けない保護者が出てしまう要因の解消・企業側の人材解消にも役立つ手立てだと考えています。
入園についても、直接保育園に申し込めるため、自分の子どもを保育してほしい園を選びやすいことも特徴です。保護者と職員も、考え方や保育理念、実践している保育に共感する方が集まりやすくなるため、保育園と保護者、企業が同じ方向を向いて保育に向き合えるといった意味でも今後の保育園の選択肢のあり方の一つだと考えています」。

設置企業から上がったニーズ=声

男女問わず家事や育児をするのは当たり前ではあるものの、実際には働く女性が家事や育児で担う役割が多い傾向にあるもの。企業は女性のワークライフバランス向上を目指し推進している最中であるが、働く女性から上がった声とは具体的にどんな声だったのだろうか?

「自分のキャリアを考えたときに、どうしても結婚や出産、復帰に対していろいろな条件や不安もある中で、保育園の確保が一つの課題でした。
特に当時、待機児童の問題が大きくクローズアップされていて、今でこそ仙台市では解消傾向にありますが、まだまだ希望した保育園へ入ることが難しい時期でもありました。
どうしても入園できる保育園を探すことが目的になって、自分の子どもにとってよりよい環境を選択することが難しいという声が幾つかありました」。

子育てや仕事をしながら情報収集や書類の手続きなど、子どもを預ける施設を探す大変さから「自分の子どもにとって良い環境の保育」という本来最も優先すべき目的がどうしても二の次になってしまう。施設選びのハードルを低くし、保護者側が保育施設を自由に選択できる環境を整備することで初めて「こどもたちにとって本当に良い環境」を見つけやすくなるのではないだろうか。

「探究保育」を保育方針とする のいえ保育園ならではの先進的事例

「誰もが自分らしさに向き合える保育園」そんな願いが込められている「のいえ保育園」の由来について語る石川さん。

「観察・承認・対話」を基本とする「探究保育」を保育方針とする のいえ保育園。
子どもだけでなく、子どもと関わる大人が保育の環境に対して日々探究していくという意味が込められていると石川さんは話す。

「子どもたちの好奇心や探究心が大事にされる環境づくりはもちろんのこと、子どもと関わる私たち大人も、今子どもたちが過ごしている保育の環境が“一人ひとりの子どもにとってどうか”という問いと常に向き合い、保育を探究していくという意味を込めて“探究保育”と呼んで取り組んでいます。
例えば、3歳以上児はほぼ毎日、その日にすることを保育士と子どもたちとで話し合って決めているのも特徴的かと思います。子どもたちの育ち、学び方というのは非常に対話的で探究的なものなので、私たちとしてはどちらかというと保育する側が保育の環境に対して日々どれだけ探究していけるかが鍵になると考えています」。

子どもが探求に没頭したり、好奇心や探究心が発揮したりできる環境では毎日が学びの連続である。“一人ひとりの子どもにとってどうか”という視点を軸に、保育園で過ごす生活そのものを「子どもと保育者で一緒につくり上げていく」ことを叶えるためには、保育者(大人)が対話的な関わりを通して思いを伝え合うことが必要であり、保育者自身が子ども側の目線で考える力を養っていくことが重要であると感じる。

対話を重んじた保育者教育への挑戦

対話の重要性について語る石川さん。

現在、のいえ保育園で働く保育士の平均経験年数は10年と経験豊富な職員が在籍している。
保育・教育現場では、先生が生活をリードしていく環境が多い中、のいえ保育園では子どもと大人がともに生活をつくり、子どもと関わる大人が保育の環境を日々探究していく“探究保育”を目指しており、今まで身につけてきた保育とはギャップが生まれやすいという。そのギャップを埋めていくために行う独自研修とは一体どのようなものだったのだろうか?

「特徴的なものでは、一昨年、対話会というのを1年かけて行いました。
対話的な保育を実践していく上で、自分たちが対話という行為を体感していないと子どもに対して実践するのは難しいためです。
対話的な保育や関わりは、普段の会話や雑談とは“質”が違ったものです。自分の声が聴かれる体験、相手の声を受け取る感覚などを通して、今まで見えてなかったいろんな“自分”に気づく時は、感動もあれば痛みを伴うこともあるのが対話です。保育で対話的な関わりを実践していくには、中長期的な変化を見ていくことが大切です。
園内研修の時間が十分に取れないときには、会議の中の短い時間でも学べるように、最近の子どもたちや職員の様子から、私の方で話題提供させてもらったり、一気に学ぼうとするのではなく、少しずつその時々に合った要素を伝えていったりすることを意識しています」。

お互いの意見や感情を共有する日常的なコミュニケーションとして使う「会話」、価値観や考え方などそれぞれの“違い”を大事にし、自己理解や他者理解の深さにつながる「対話」。それぞれの役割を体感として掴んでいく対話会を実施することで、職員同士、大人と子ども、子ども同士など、年齢・性別・性格・立場・習慣や文化を越えて、互いを尊重することに繋がっていくように思う。

業界が抱える課題に左右されない独自の広報戦略

3社連携という強みを持つ「のいえ保育園」。それぞれのリソースを活かし連携を行う。

人手不足や利用者の減少など保育業界の課題は尽きないが、その課題に取り組むべくのいえ保育園では、採用活動・広報活動につながるマーケティングの調査など自分たちのできる範囲で取り組んでいるという。

「例えばですが、チラシや求人の媒体、SNS等、一つ一つに対して効果測定を1年〜2年でしてきました。そこで、効果が高かったものにポイントを絞って行っています。
特に、この地域の方たちや保育園で働きたいという方たちは、どういったツールを使って情報を仕入れているのかを調べて、その中でどういう情報があると考え方や実践に共感する方たちが集まるのかを考えて展開しているところですね。
ですので、ただ閲覧数やフォロワー数を上げるような投稿ではなく、一番は当園の保育に共感する方に響くような内容を大事にしていますし、そこを大事にしていくことで安定した運営環境づくりになっているかなと思います」。

マーケティング業務を自園で完結でき、戦略的に取り組むことができたのは企業主導型保育園として3社共同で連携して行ってきたことが大きいと話す石川さん。それぞれ各社でできること、強みを活かし、子どもと関わる事業を長年やってきているノウハウと実績を活用させてもらうことで、保育園で困りごとがあった際には園を中心として各社で協力して解決へ向けているという。

「現場と本部の乖離や認識のギャップなどが運営の難しさの要因になっている場合があるかと思いますが、のいえ保育園に関しては、もともとのプロジェクト発足当初から“いかに子どもにとってよりよい環境をつくっていけるか”“地域に貢献できるか”というところを軸にして、3社とも同じ思いで運営することができています」。

のいえ保育園の強みは、企業主導型保育園の特徴を活かして3社で連携して運営できること、と話す石川さん。ただ、それにより懸念点もある。

「3社のリソースを活かすことで活動の幅は広くなるかと思いますが、一番は“子どもにとって本当にいい環境づくり”ですので、いろいろやっていくことが子どもにとってプラスに働くのか、マイナスに作用するのかの吟味をしっかりしていくことが大切だと思っています」。

あくまで“子どもにとって本当にいい環境づくり”を最大の目的とし、プラスになることは3社の強みを活かしていく。子どもも大人も育ち合える場所をつくることによって、子どもたちが持つ探究心があふれ出していく環境を整えることができるのではないだろうか。

『まちの先生制度』など、地域連携の取り組み

特色の一つとして「まちの先生制度」があるのいえ保育園。開園当初はコロナ禍だったため、なかなか地域の方との交流は難しかったと石川さんは話す。構想していた「まちの先生」とはどのようなものなのか、現段階の交流やこれからについて語ってもらった。
「もともと考えていたのが、まちの先生としていろいろ教えてもらうという意味の立場ではなくて、ふらっと保育園に来てもらって子どもたちと一緒に過ごす時間が少しでも持てたり、地域に魅力的な仕事をしている方たちがいますので、そういった人や仕事と出会う機会として“まちの先生”を構想していました」。

実際に、歯科検診で来ていただいている保育園と同じ建物内にある歯医者さんとは交流があり、メインは訪問の歯医者さんであることを子どもたちに伝えると次々と質問が上がったという。
「子どもたちが歯医者さんにある大きな機械を連想して、『あれをどうやって家に持っていくんだろう?』『どうしてお家にいるんだろう?』という興味が次々と出てきた時に、そういった疑問を歯医者さんに伝えると、快く招いてくれました。子どもたちの疑問に丁寧に答えてくれたり、実際に訪問で持っていく鞄や器具を見せて触らせてもらったりして、ちょっと緊張しながらもたくさん知ることができて満足した様子の子どもたちでした」。

「まちの先生というのは園だけで保育を完結させないという考え方で、“まちが保育園”のようなイメージで、地域のリソースを子どもの生活と育ちに生かしていくという意味を持っています。
家庭との連携に加えて、まちとどれだけ繋がれるかというところは大切にしていきたいですね」。

保育園と地域の人という“点”で見ていくのではなく、まちという“面”から考えていく。そうすることによって、保育園が開かれていき、子どもの安心と安全を保障しながら、まちとのつながりが良い意味で曖昧となったコミュニティーで子どもを育む環境ができていくと思う。

「の」が重なりカラフルに彩られた「のいえ保育園」のロゴマーク。色々な人々にとって意味のある場所であり、開かれた保育園にしていきたいという意味を持つ。

開園当初から思い描いていた“地域連携”を目指し、商店街組合やまちづくり協議会に所属ししているという石川さん。地域とのつながりを活かし、開かれた保育園を目指していきたいという。

「商店街組合やまちづくり協議会の活動には可能な範囲で関わらせていただいています。商店街組合の皆さんに支えてもらったり、まちづくり協議会はPTAの方や学校関係の方など幅広く所属している方がいるので、それぞれの取り組みや意見から刺激をもらったりしています。皆さんが地域のために尽力されている姿が本当に私自身にとっての学びになっていますね。

保育園や幼稚園はどうしても閉ざされた場所になりやすいものです。たまに外部の方と関わる機会はあっても、日常の生活は先生と子どもだけの関係で完結できてしまうのも閉ざされていきやすい背景にあると思います。地域に開かれた保育園を意識していくことで、いろんな人にとって意味のある保育園になり、子どもの育ちを支える当事者であふれるまちの拠点になっていきたいと思います」。

“子どもにとってよりよい環境づくり”を軸としながら企業主導型保育園として3社のリソースを活かし、子どもたち、保護者、職員、地域の方々に開かれた保育園を目指していると話す石川さん。誰しもがこの保育園を身近に感じられる開かれた場所になっていくことで、関わっていく一人ひとりがこの保育園を主体的に考えて、より良い環境を目指すモチベーションにも繋がっていくように思う。
「園だけで完結しないという考え方で、『まち“の”保育園』という状態から、『まち“が”保育園』と言えるような、そんな園をつくっていきたい」という石川さんの目は未来を見据えて輝いていた。

のいえ保育園
住所:〒980-0004 宮城県仙台市青葉区宮町4丁目5-34
TEL:022-748-4648

 

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