気仙沼いちごと、佐藤さん

新たな実りを次代へ託すために。地域農業を支える「シーサイドファーム波路上 」。

vol.15
シーサイドファーム波路上(はじかみ)

東日本大震災による津波被害にも負けず、地域農業の再生に奔走し、気仙沼いちごのブランド復活に成功した「シーサイドファーム 波路上」。昨年からは食品ロス削減を目指す新たな取り組み「アップサイクルプロジェクト」にも参加し、加工品などの6次産業化にも力を入れている

地域農業再生へ懸ける、ひたむきな想い   

2011年3月11日に発生した東日本大震災で、大きな被害を受けた階上(はしかみ)地区。高さ12mもの大津波によって、大切に栽培していた気仙沼いちごも、そこで暮らしていた多くの人の命も、失われてしまった。
「生き残った自分たちで、地域の復興に尽力しなければ」。
現在この一帯で、南三陸ねぎや気仙沼いちごを育てている「シーサイドファーム波路上」の代表・佐藤信行(さとう のぶゆき)さんは、自身も震災で多くのものを失いながら、それでも前を向き、階上の地域農業再生を目指す。

気仙沼東日本震災遺構・伝承館
ねぎ畑の向こうに見える、旧気仙沼向陽高校(現、気仙沼東日本震災遺構・伝承館)。校舎の4階まで津波が押し寄せた。

津波被害を受けたこの土地で農業を再開するまでの道のりは、簡単なものではなかった。作物を育てるためには、まず荒れた土地の整備をしなければならない。
瓦礫の撤去作業の後、佐藤さんは早速、地盤沈下した農地の嵩上げや、土地の環境を整えるために圃場整備を宮城県に依頼するため奔走した。圃場整備を行うためには、各地へ避難した200人もの地権者達の同意を得る必要がある。途方もない時間と労力を要したが、それでも「自分が今、やれることをやろう」と手を尽くし、震災から3年が経過した2014年、ようやく農地の整備がスタートした。

当時の様子を思い返す佐藤さん

労働力の確保も課題だったと、佐藤さんは当時を思い返す。これまで共にいちご作りをしてきた仲間のほとんどが、震災で亡くなってしまったからだ。
「気仙沼の農業を支える、新たな担い手として協力してもらえませんか」。地域へ呼びかけたところ、多くの人が協力を申し出てくれたという。「声をかけただけで、多くの方々が集まってくれた。地域の絆の強さ、ありがたさを感じた瞬間ですね」。多くの助力を得て、本当に助かっているという佐藤さん。しかし、階上ではワカメの養殖も行っており、気仙沼いちごの収穫時期と繁忙期がかぶるため、まだ人手不足の問題は解消されていない。
「気仙沼の農業を継承していくためにも、これからは県外の方や、若い方々への呼びかけも検討していかなければならないと思っています」と地域農業の将来を見据える。
震災で亡くなった仲間たち、復興を応援してくれる全国の人々の気持ちに応えるためにも、階上の地域農業を再び盛り上げていく覚悟だ。

いちごの収穫の様子
一年の研修を経て現場に入る。最近は仕事に慣れてきたスタッフも多いという。

塩害や潮風にも負けず、階上の新たな農業の道を切り拓く

人手を確保した佐藤さんは、シーサイドファーム波路上を設立。現在、ねぎ5ha、いちご55aの作付けを行っている。
今でこそ農業が軌道に乗っているが、会社立ち上げ当初は作物の選定に悩まされた。「会社をはじめる時に、どのような作物なら育てられるか仲間と話し合いました。いくら除塩作業をしても、一度波をかぶった土は地下に塩分が蓄積され、やがて塩が地表へ浮いてきてしまうんです」。津波で周辺の建物の多くも流され、潮風の影響も直接受けてしまう過酷な環境下で、一体何を栽培すれば良いのか。
頭を抱えていた佐藤さん達だったが、海水をかぶった畑で生き残っていた長ねぎを偶然発見し、その丈夫な性質に賭けてみることにしたという。「ねぎがこれほど塩に強いとは、当時は全く知りませんでした。ここで育てている南三陸ねぎは、潮風にあたると柔らかくなり、甘味も増すんです。この土地に、すごく適した野菜だと思います」。

気仙沼市からの強い希望もあり、特産品の気仙沼いちごも再び育てることにしたが、課題もあった。いちごは塩害に非常に弱い。畑に土を高く盛り、栽培に挑戦した農家もあったが、上手く育たなかったという。
そこで佐藤さんは思い切って、震災以前に行っていた土耕栽培からハウス内での高設養液栽培へ切り替えることを提案。ハウス内の気温や湿度の管理を徹底し、ミツバチを利用して受粉を行うことで、見事気仙沼いちごの復活に成功した。かつては暑い夏の日差しの中、何回もトラクターで土を耕す必要があったが、養液栽培は立ったまま作業を行えるので、作業負担が軽減され、仕事の効率も上がったという。

「赤粘土質の土で育てていた気仙沼いちごは、砂地で栽培するいちごに比べて濃い甘味が特徴でした。栽培方法を養液栽培に変更したことで、以前と比べて甘味がやや弱くなってしまいましたが、現在の気仙沼いちごは程よい酸味があり、絶妙な味のバランスが特徴です」。昔と今、それぞれの魅力がある気仙沼いちご。そのほとんどは、市内へ出荷される。「気仙沼いちごのブランドを復活させることで、地域を盛り上げていくことへつなげたい」と佐藤さんは顔を輝かせる。

規格外いちごを活用。食品ロス削減を目指す「アップサイクルプロジェクト」

「あまった気仙沼いちごと、未利用のチョコレートを組み合わせて新しい製品を作りませんか」。
2021年、他の企業から商品開発の話をもらい、シーサイドファームはSDGsにもつながる新たな取り組み「アップサイクルプロジェクト」に参加した。アップサイクルとは、廃棄予定だったものに新たな価値を持たせ、別製品として生まれ変わらせること。粒の形や大きさが不揃いで、市場へ出荷できないまま廃棄されていたシーサイドファームの「規格外いちご」を活用し、食品ロスを削減しようという試みだ。規格外いちごは、形は悪くても市場に流通しているものと味は変わらない。プロジェクトのメンバーで試行錯誤を繰り返し、フリーズドライしたいちごをホワイトチョコレートでコーティングしたキューブ型のスイーツ「気仙沼みなといちご」が誕生した。

気仙沼みなといちご商品写真
2月14日のバレンタインデーに合わせて商品化された、気仙沼みなといちご。好評で、2000個あった在庫はあっという間に完売した。

今年も、昨年のメンバーと共に新しい商品の開発を予定しているという佐藤さん。昨年は360kgの規格外のいちごを使用したが、今年はその約5倍、2,000kgのいちごを既にフリーズドライし、準備は万全だと意気込みを話す。 

新しい商品、気仙沼みなといちごへの想いを語る佐藤さん
佐藤さんが丹精込めて育てたいちごを使用した、気仙沼みなといちご。商品開発を提案してくれる企業があれば、これからも美味しいいちごの提供に協力したいと話す。

「あきらめない心」を大切に、階上の未来を築いていく

「コロナも少しずつ落ち着いてきたので、地域のイベントを盛り上げていきたい」と、階上地区の明るい未来を思い描く佐藤さん。新型コロナウイルス感染症が流行する以前は、近くの海水浴場で加工商品を販売していたという。今年は2年ぶりに海開きが行われる予定なので、商品の売り出しに力を入れていく考えだ。
「コロナで中止していたねぎ掘り祭りも、今年は開催します。以前は寒い中にもかかわらず、家族連れのお客さんなど、たくさんの方が来てくれていました。ぜひまた収穫の楽しさを体験したり、南三陸ねぎの美味しさを味わったりしてもらえれば」。

氷いちご
夏場に人気の氷いちご。

震災、津波による塩害など、様々な困難にあいながらもあきらめず、階上地区の地域農業再生に力を注いでいるシーサイドファーム 。
地域を想う仲間たちの絆とその情熱で、これからも気仙沼の未来を盛り上げていくことだろう。

気仙沼の農業を盛り上げていく佐藤さん

シーサイドファーム 波路上株式会社
住所:宮城県気仙沼市波路上杉ノ下130
TEL:0226-26-4081

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