地域に生産と消費の好循環をつくる。それが水産業活性化のカギ

Vol.25
有限会社マルタ水産

宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区は、一級河川の名取川・阿武隈川水系が育む豊かな土壌が特徴。その恵まれた環境は、水揚げ量日本一の「閖上赤貝」をはじめとした多くの海の幸を育んでいる。そんな閖上地区で海産物の水産加工や販売、仲卸、飲食店事業を展開し、閖上地区の水産業活性化に向けて取り組んでいるのが、有限会社マルタ水産だ。水産加工や販売はもちろん、しらすを使った創作料理などを提供するレストランカフェ『café malta(カフェ マルタ)』を2020年10月にオープンさせたり、『しらすまつり』など地域イベントの企画運営に参画したりしながら、閖上地区の水産業活性化に向けて取り組んでいる。

「閖上産」と「鮮度」にこだわった水産加工品

マルタ水産の水産加工・販売・仲卸事業では『赤貝の塩漬』『真ガレイの一夜干し』など、閖上や仙台湾近海で水揚げされた食材を中心に取り扱う。閖上の赤貝と言えば、水揚げ量はさることながら、品質でも日本一と評されるほど、芳醇で香り高い一大特産品である。県外から高く評価されていて全国への出荷量も非常に多い。東京の豊洲市場の関係者の間では、閖上産の赤貝を「ゆりあげ」と呼ぶそうだ。
「赤貝の生育には時間がかかり、出荷できるようになるまで2~3年を要します。希少価値は高いですが、閖上の恵まれた土壌のおかげで、品質の良い赤貝を育てることができています」。
こう話すのは、マルタ水産の専務取締役・相澤太さん。父であり代表取締役の信幸さんと共に、自社の経営発展と閖上地区の水産業発展をリードする存在である。
そしてもう一つ、マルタ水産が取り扱う閖上の海産物で代表的なのが、2016年11月から仙南地区での漁獲が許可された「北限のしらす」だ。太さんを中心に、マルタ水産ではこの「北限のしらす」の消費拡大にも力を入れている。
「しらすはとにかく鮮度が命。新鮮なしらすは釜揚げにすると味が柔らかくなってとても美味しいんですよ。だからマルタ水産では鮮度にこだわって加工作業を行っています」と太さん。
この「北限のしらす」の誕生については、かけがえのないストーリーがある。2016年11月の漁獲許可から現在に至るまでの間、東日本大震災で甚大な被害を受けた閖上地区の水産業者を救った。そして、地域の希望の象徴として、また誇れるブランドとして、その地位を高めてきたのである。太さんが、そのストーリーを語ってくれた。

震災を機に深まる父と子の絆。そして、閖上への思い

「地元の人に地元産の海産物を食べてもらいたい」と話す専務取締役・相澤太さん。

2011年3月11日の東日本大震災で、閖上地区は大きなダメージを受けた。もちろんマルタ水産も例外ではなく、水産加工場が全壊。一時は途方に暮れるものの、4月に太さんは父・信幸さんと自社の再建をかけて静岡県のしらす加工会社に働きに出る。このとき太さんは、「どんなことがあっても前向きに、会社のためになることなら何でもやる」という父の姿と折れない心を間近で見て、大きな影響を受けたそうだ。
水産加工業がさかんな静岡では、親子二人、同じアパートの部屋で共同生活をしながら、しらすの加工技術について学んだ。受け入れ先の水産加工会社の方々や地元漁師のみなさんは、太さんたちが被災地から来ていることもあってか、とても親切に接してくれたとのこと。
「さらに驚いたのが、静岡では若い人たちも含めた多くの県民が水産加工品を日常的に食べていたことです。私や父にも、地元の人に地元産の海産物を食べてもらいたい、という願望があったので、その理想形を見た気がして感激しましたね」と太さんは振り返る。
訪れてから半年後、静岡を離れた太さんは東京に出て会社勤めをするようになる。しかし、東京にいる間も父の姿や静岡での経験が脳裏に焼き付いて離れず、地元に貢献したいという思いは強くなる一方だった。やがて太さんは閖上に帰郷し、家業を継ぐ決意をする。

自社と閖上の再建のため、「北限のしらす」は何としてもモノにする

太さんが閖上に戻る決意をした頃、信幸さんを中心に、マルタ水産も着々と再建への歩みを進めていた。震災での工場全壊後、同社は名取市下余田の仮設工場で製造を行い、やがて『閖上さいかい市場』で商品を販売するなどして少しずつ事業を回復させていく。そして2016年には、念願の閖上新工場再開に漕ぎ着ける。
しかし、すぐに課題が生じた。新工場ではまず、小女子の生産から再開をしたのだが、これまでにかかった新工場再開などのコストを賄うには、事業としての収益性が不十分だった。本当の意味での「再建」を果たすには、小女子生産に取って代わる新しい事業を考え出し、軌道に乗せる必要があったのだ。これにはさすがの信幸さんも、あたまを悩ませた。と、そこへ太さんが帰郷。静岡でともに働いていたとき以来の、親子の再会である。
会社の事情を知った太さんと信幸さんは、新たな事業として「しらす加工」を着想する。シラス漁は、それまで福島県相馬市が北限だったが、太さんたちは宮城県や名取市、漁業組合など多くの関係者・協力者と連携し、仙南地域でのシラス漁解禁に向けて動き出したのだった。それは、漁場の作り方や漁の仕方から、加工、卸売、流通に至るまでのあらゆる仕組みを確立させる、非常に難易度の高いチャレンジだった。しかし、静岡でお世話になった漁師や、南相馬の漁業関係者の方々が応援に来て協力してくれたことで、太さんは励まされ、信幸さんのような折れない心を育んでいく。何より、自社の、閖上のまちの再建をかけて必死の思いだった。
「飯を食うために何としてもモノにしなければならないという危機感ですね。もはやキレイごとじゃないです」と太さんは言う。その眼差しは、既に自社と地域を引っ張っていく「リーダー」の目だった。
同じ2016年の11月、太さんたちの努力が実り、宮城県は仙南地区でのシラス漁を許可。「北限のしらす」が誕生した。

若い人に地域の食文化の魅力を伝えたい。『café malta』オープン

マルタ共和国をイメージした『café malta(カフェ マルタ)』。

「北限のしらす」の取り扱いが実現したことで、太さんはさらなる事業拡大に乗り出す。2020年10月、新たに飲食店事業をスタート。「北限のしらす」を使った創作料理などを提供するレストランカフェ『café malta(カフェ マルタ)』をオープンさせた。太さんの新規事業にかける思いは強い。
「カフェ マルタは、若い人たちにも閖上で水揚げされたしらすの美味しさを知ってもらいたいと思ってオープンさせました。閖上もそうですが、宮城県は豊かな生産地ではあるけれども、消費地ではない。つまり、地元(県民)の人たちが地元産のモノをあまり食べていないということです。その点、静岡は違いました。若い人たちも、県民みんなで地元産の海産物を食べていました。水産業活性化は、静岡のように生産と消費の好循環が地域の中に確立していてこそ、実現するものだと思っています」。
地中海のマルタ共和国をイメージした建築デザインが特徴の『café malta(カフェ マルタ)』。開放的で異国情緒たっぷりのこのカフェには、「若い人たちをはじめとした多くの宮城県民に、地域の食文化の魅力を伝えたい」というメッセージが込められていた。

目指すは閖上産・赤貝に続く、しらすの日本一

『café malta(カフェ マルタ)』では地域の海産物の物販も行っている。

しらすや赤貝など、閖上産海産物の認知・販売拡大に向けて活動する太さんのフィールドは広い。例えば、2018年に閖上水産加工組合14社の若手後継者たちで結成された『ゆりあげ・さんず』の事務局長を務め地元食材の広報PR活動に奔走している。また、「閖上しらす祭」といった地元食材をPR販売するイベントの企画・実行委員会にも参画し、地元水産業活性化を推進中だ。
「震災によって、人は一人では何もできないということを知りました。しかし、だからこそ、みんなで課題を共有し、解決に向けて動くことが大切なのだと思います」と太さんは語る。
「北限のしらす」は地元水産業を危機から救った。そのしらすのPR活動を通して閖上地区全体を盛り上げていこうとする太さんたちの若い力が、地域の未来につながっていくことは間違いないだろう。閖上の赤貝は既に日本一と言われている。しかし、この若い力があればしらすの日本一も夢ではないかもしれない。

有限会社マルタ水産
住所:宮城県名取市閖上東2-9-3
café malta/マルタ水産直売所
住所:宮城県名取市閖上東3-1-8
TEL:022-796-6930(FAX兼用)

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