森林管理の国際認証を契機として、林業の新しい価値づくりへ。
Vol.33
株式会社 佐久
多くのものが失われ、多くのものが変わった東日本大震災。津波で全部流され、町が破壊されても、山林はほぼ無傷で残った宮城県南三陸町にとって、山こそが揺るぎない財産であると、町民の多くは気づかされた。そのときから町は変わり、林業も変わった。森林管理における国際認証の取得を土台に、林業の新しい価値づくりを目指してさまざまな動きを展開する南三陸林業。そこには、未来を切り開くどんな眼差しがあるのだろうか。株式会社佐久の佐藤太一専務に取材した。
震災前から、ずっと見つめてきた山の明日
南三陸町の主要な山主である「佐久」は、江戸中期に家業を始めたとされる。江戸末期に杉の植林をしたという記録が残っているという。現在、佐久の管理山林は約270ヘクタール。「山主でいちばん面積が多いのは南三陸町で、その次が佐久」と佐藤専務は説明する。佐久は、様々な家業を行いながら山主として現代まで続いてきた。
1966年、佐藤さんの祖父の時代に株式会社佐久となり、会社組織となった。その後、佐藤さんの父、佐藤久一郎社長が会社を継ぎ、今に至る。佐藤久一郎社長は、不動産業と林業の会社として経営しながら、南三陸森林組合の組合長を長く務めてきた。また宮城県林業経営者協会、日本林業経営者協会など、業界の中で活発に動いてネットワークを広げた。「地域の林業ということを第一に考えていました。建築設計事務所・林業・工務店・職人たちで構成されるグループに参加して、山にお客さんを呼んで森や木材のことを知ってもらうという活動も積極的にやっていて、それは今も続いています」。
東日本大震災前には、南三陸杉をブランド化して盛り上げていこうという動きが出てきていて、山のことが好きな人たちが集まって「南三陸山の会」という林業研究グループが、専門的な調査などもやっていたという。「南三陸杉の強度の調査とか、高林齢といって100年以上の古い木が南三陸町のどこにどのように分布しているか、資源量調査などもけっこう頑張って、基礎データを集めていました」。
震災直前、2011年の3月には、この「南三陸町山の会」の活動が評価されて全国林業グループコンクールで農林水産大臣賞を受賞した。「ほんとうにこれから南三陸杉を発信していこうというタイミングだったようです」と佐藤さん。
正しい林業づくりを通して、持続可能なまちづくりへ
震災で南三陸町は甚大な被害を受けたが、林業においては沿岸や川沿いに被害があったものの、ほとんどの山は無傷だった。「地元の製材所である丸平木材さんが流されるという被害がありました。しかし復興には木材が必要なので、とにかくいち早く製材機能を復旧してもらったことで、すぐに木材を出せるような状況になりました。しかし、そのまま復興事業が増えたことで、森林組合も高台造成などの事業にマンパワーが割かれる状況になってしまったために、結局普通われわれがやっている林業は2015年ぐらいまでできなかった」。
佐久は、不動産業も行っていた。むしろ不動産の方がメインだったのだという。「木材の収入、山の本来の収入は、年に一、二度まとまってあるという状態なんです。震災では、この当てになる不動産が流されてしまって、たいへんな状況だった」。
佐久としては、不動産が立ち行かなくなったために、本業である林業を立て直すしかなかった。困難な事業シフトを実行しなければならない。その実行役を託されたのが佐藤さんだった。当時林業とは縁のない大学院の物理学を研究していたが、博士号の学位取得を機に南三陸に戻り、林業に従事することになった。伐採や枝打ちなど手を動かす作業は、以前は森林組合に依頼していたが、森林組合も全然手が足りない状況になったので、作業班も自前で用意しなければいけない。すべての状況が一変する中で、佐藤さんは懸命に事業再興に取り組んだ。
「作業をずっと続けていると、結局、南三陸町ではいちばんの災害リスクは津波で、そこから守られる、残るのは山しかないんだということがわかってきた。町としても佐久としても、山の包括利用、山の活用がちゃんとできている状態じゃないと生き残っていけない」。目先の利益にとらわれない、将来まで続いていく林業経営やまちづくりをみんなで目指さないといけない、という方向に早い段階でみんなの気持ちが固まっていった。
「南三陸町では、そういう意識を持ってる人がけっこう多かったんです。その中でも山の目線を入れながら山としても責任ある管理をして将来につながる林業を目指していかないと、ほんとうの意味での将来のあるまちづくりができないだろう。ある意味『正しい林業』を目指すことが求められた」と佐藤さんは振り返る。こうして持続可能な林業を目指す第一歩として、 森林管理についての国際認証であるFSCⓇの取得を考え始めた。
FSC認証からさらに進化させていく林業づくり
FSC(Forest Stewardship Council : 森林管理協議会)認証とは、環境、社会、経済面において、きちんと管理された森林を使用した製品である証のこと。認証マークを用いて、視覚的に消費者に届けることで、信頼される生産現場から出された正しい木材として認知してもらう仕組みで、世界でも信頼性の高い制度と言われている。
議論を重ねて、ほんとうに森林と町の未来を考えるのであれば、1つの会社だけで取得するのではなく、南三陸の地域ぐるみで認証を受けた方がいいのではと判断したという。そこでグループ認証という仕組みを使い「南三陸森林管理協議会」というグループを設立し認証を受けることにした。まず大長林業管理山林、南三陸町町有林、佐久の管理山林、慶應義塾大学の学校林など計1,315haの森林が2015年10月に認証された。これが宮城県内では初の取得だった。同時に、認証された森林から産出された林産物の適切な加工・流通に対する認証を、丸平木材が受けた。
その後も国際基準に沿った林業を始めるために議論を深め、作業班の安全管理や、自然植生の管理など細かい部分も話し合いながら仕組み化したり、ルール化したりしながらブラッシュアップしている。
認証を受けたことによる効果とは、どのようなものなのか。基本は、認証マークのある製品を消費者が選ぶことで、認証を受けた生産者の営業売上となるということだが、それだけではない。「認証があるからお声がかかる、つながる、取引先のネットワークが広がるということが大きい」と佐藤さん。認証に興味を持った人が南三陸を訪ねてくると、佐藤さんは山に案内して多くの有益な情報を伝える。普通の山林と FSC の基準の中で意識して管理している佐久の山林がいかに違うか、山林を見てもらえばすぐに理解してもらえる。実感してもらいながら、さらに話しあうことで、新しいつながり、新しい得意先が増えていくという。
◎山全体に新しい価値がつくような仕事を目指して
私はもともと大学で森林生態学を学び、修士課程のときに三陸復興国立公園の植物調査員として関わり、その後宮城県に移住し、新しい林業に取り組もうとしていた佐久に入社しました。林業というのは丸太を生産するのが主目的ですが、丸太以外の木々の生かし方を考えて商品を開発し、山全体にしっかり経済的な価値がつくようにすることが私のミッションでした。
ふだんから山歩きの時に嗅覚を大事にしていたので、リラックス効果のある木の香りを生かした商品企画を考え、杉の葉とクロモジの香りを抽出したルームミストを商品化して販売しました。
最近は、地理情報システムを活用し町内全域の山の調査解析をしつつ、少しずつ山の手入れをしていく計画作成に取り組んでいます。
佐久 企画研究課長 大渕 香菜子さん
社会や環境も見据える南三陸林業の新しい価値化
今までの木材ブランドというのは、例えば吉野杉、屋久杉、秋田杉など、従来の商品の質だけで基本的には価値をつけられているものだが、それだけではない、それ以上の価値化もしていける余地がある。佐藤さんはそう感じていた。まさに南三陸杉のブランド化のなかで、FSC認証が新たな価値になった。
「実際に国際認証を取ったことで今まで使ってもらえてなかったような企業が、取引先となってきた。たとえばイオンさんなど、国立競技場もその一つですね。そのような様々な企業・団体から使ってもらえるようになったんですけど、それはただ物の価値だけじゃなくて、FSC認証の土台となる信頼度や、環境配慮という価値も含めて使ってもらっているんだと思う」と佐藤さんは話す。
すでにオリンピックを始めとする国際イベントでは、FSC認証材を使用することが世界的な流れになっていると言われる。
「いろいろ確実に変わってきている。世界的にその雰囲気になっていることはまちがいない」と佐藤さんは考えている。サステナブルという言葉も今は普通にテレビで多用されているし、FSCのマークも当時は見たこともなかったが今は若い人でも見ている。物を買う時の目安にしているという人も多い。ほんとうに変わってきたと思う。
ただの木材生産の林業じゃなくてちゃんと環境に配慮して、環境だけじゃなくて社会にも配慮した林業をやってますっていうメッセージを出して、南三陸の林業を知ってもらっている。いろんな人とつながったことで、さらに新しいプロジェクトもどんどん増えてきている、と佐藤さんは話す。
生物多様性や生態系サービスに寄与できる事業活動を目指して
佐藤さんたちは今、FSCに関連してTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)についても、検証を始めているという。
TNFDをわかりやすく言うと、「自社が事業活動によって、どのくらいの生物多様性や生態系サービスにどれくらい依存し、リスクと機会を与えているか」といった企業活動による自然へのインパクトに関する情報の開示を求める取り組み、ということになる。世界の企業が対象で、日本の企業も該当する。2023年9月に最終提言がなされる。これにより、投資家などのステークホルダーが、自然をより持続させながら発展させるビジネスモデルやソリューションに投資したり、選択したりすることができる。TNFDフォーラムには、5月現在で110社以上の国内企業が参画している。「本来、あまり自然とは無関係に見える商社、金融業、リサーチ業、IT企業なども入っています」と佐藤さんは紹介する。いずれにしても日本の経済活動に影響を与えるような上場企業が多い。
この取り組みのテーマは、2021年G7で提示された「社会経済の基盤にあるのはネイチャーだ。今消失しつつある自然を2030年までにプラス方向ポジティブに転じよう」という国際目標「ネイチャー・ポジティブ」がベースになっている。
つまり、これからの企業活動はこの指標についての情報開示が求められ、いくら利益を出していたとしても自然環境にリスクを与えている企業と判断された場合は、その後の投資価値を一気に失ってしまう。逆にサスティナブルな事業活動を行い、ネイチャー・ポジティブに貢献していると判断された企業は、世界の投資家から大きな評価を受けることになる。
佐藤さんが考えているのは、これら様々な企業活動のいちばん川上に遡ったところにある生産者のいちばんシンプルなモデルが山、林業なので、TNFDのフレームワークにFSC認証の時のレポートや情報を使って当てはめてみた場合に、どんな評価になるのかテストしてみよう、ということ。日本のトップ企業が取り組もうとしている世界的課題への挑戦を、東北の一地域の南三陸林業が臆することなく同じ試みで挑む、ということなのだ。
「こうした取り組みをうまくわれわれとして取り入れながら、新しい木材への価値のつけ方や山に対する価値のつけ方を模索しないといけないと思ってるんですね」。このような活動を通して、南三陸林業や国際認証の成果や生物多様性についての評価というものを、地域に余すところなく還元していきたい。そしてそれがまた、われわれの林業にさらに新しい価値を生み出してくれるものと信じている、と佐藤さんは語った。
株式会社 佐久
住所:宮城県本吉郡南三陸町志津川天王前205-12
TEL:0226-46-2037