地元で作り、地元で飲む。 ビールの地産地消に挑む『穀町ビール』
Vol.52 穀町ビール
2017年秋、荒町商店街から程近い住宅街に、仙台市初の超小規模醸造所である『穀町ビール』が誕生した。一軒家サイズの醸造所では、甘く芳醇な「穀町エール」、東松島産の大麦使用の「の・ビール」など、多様なビールが生産されている。中でも注目は、オール地元産の原材料を使った地ビールだ。代表の今野さんに地元への想い、そして穀町ビールのこれからについて話を伺った。
「穀町エール」のように複雑で奥深い今野さんの人生
ドリンクをグラスに注いだら、まずは芳醇な香りを存分に楽しむ。これから訪れるであろう味への想像力を高めてから口の中へ。舌先に感じる濃厚な甘さに驚いてからゴクリと飲み込み、キレのある喉越しを確かめる。アルコール度数10%のお酒が腹に溜まりほんのりと体が熱くなるのと同時に、謙虚に主張してくる麦の苦味。それらの余韻をたっぷり楽しんでから、ようやく次の一口へ…。
これは『穀町ビール』の看板商品、受賞歴もある「穀町エール10」の紹介だ。ワインや日本酒のレビューではない。れっきとしたビールの感想である。
「日本のビールと同じ感覚で飲むと驚きますよね」
醸造所内に作られたバーカウンターの中でそう話すのは、『穀町ビール』の代表、今野高広さんだ。ぬくもりのある木のカウンターには、ヨーロッパのビールをイメージした「穀町エール10」のほかに「穀町エール サワー」「穀町ミード14」「東松島 の・ビール」など、色とりどりの瓶が並ぶ。
「最初に作ったのは穀町エール10でした。日本ではあまり馴染みがないけれどヨーロッパでは馴染みのある、アルコール度数が高くて飲みごたえのあるものを作りたいと思って」
今野さんが『穀町ビール』をオープンしたのは2017年。若い頃からビール一直線という人生では決してなかった。
大学を卒業した今野さんは、東京でエンジニアの職に就いた。宮城に戻ってきたのは40歳を過ぎた頃だった。その間も仕事を辞めてイギリスに留学に行ったり、帰国後たまたま元上司と飲食店で再会し、その流れで再び同じ会社でフリーのエンジニアとして働くことになったり、宮城県に戻ってきてベンチャー企業で「町おこしのような仕事」をしたり…と生々流転の人生を送っている。
ちなみに、東京から宮城県に戻ってきた時点でも「ビールを作ろうとはまだ全く考えていなかった」という。
今野さんが宮城県に戻ってきてすぐに起きたのが、東日本大震災だった。現在穀町ビールがある場所には、震災当時は元祖父母が住んでいた住宅があったが、地震により全壊した。
「家を建て直した時に一階をガレージにしました。ゆくゆくは何かお店でもできたらいいなーくらいしか思っていなかったのですが…いろいろ考えたら、いつの間にかビールを作るところまでいってしまいました」
一見、ビール作りとはかけ離れた道を歩んできたように思えるが、実はそうではない。
大学で学んだ理系の知識がビールの醸造や分析に役立ち、エンジニア時代に経験した数字を扱う仕事がビールの設計に生かされ、英国留学中に味わったヨーロッパのビールの味がヒントになり、宮城県で就いた仕事が、『穀町ビール』のもう一つの主力商品である「地ビール」の誕生に大いに関わっている。
点と点だと思っていた事柄が結びついたからこそ、『穀町ビール』という一本の線ができた。それが「穀町エール」の複雑で奥行きのある味わいを生み出しているように思えてならない。
「地ビール」を通じて見える地元への想い
『穀町ビール』には本格派のヨーロピアンビールのほかに、主力生産ラインがいくつかある。そのうちの一つが、東松島産「希望の大麦」を100%使用した「東松島 の・ビール」をはじめとする、地元の原料を使った地ビールだ。
「の・ビール」は「希望の大麦」を生産する東松島の野蒜地区に由来する。
ほかにも、同じく希望の大麦を使った「穀町エール サワー」「穀町エール⑨」や、オール宮城県産の材料から作られた「旬のエール 柚子」、仙台産の大麦を100%使用の「伊達じゃないビール」など、地元産の原料を使ったビールが多くラインナップされている。それを見ても、“地元産”のビール作りにかける並々ならぬ熱意が伝わってくる。今野さんも「これらはクラフトビールではなく、地ビール」と言い切った。
「地元の材料とか、素材とか、そういうものにこだわる人がいてもいいと思うんですよ。地元産のものでできたビールが仙台のお土産になってくれたら嬉しいです」
材料にこだわるだけではなく、店舗名や商品名にも古い地名である「穀町」を入れるなど、今野さんのビール作りには地元への想いが根底にあるように感じられる。
「穀町は、子どもの頃にお世話になった町ですからね」と今野さんは頷いた。「名前に“穀”の字が入っていて、実際に穀物を扱っていた歴史があるのもいいですし。タバコ屋のおばちゃんなんて、いまだに私がテレビに映ると“ターちゃん良かったわねえ”って来てくれるんです。デコポンとか持って」
子供の頃にこの場所で過ごした思い出が、今野さんのビール作りにも少なからず反映されているのだろう。そんな江戸時代から続く歴史ある町にも例に漏れず高齢化の波が押し寄せており、昔ながらの風景は変わりつつあるが、一方で新しい風が吹きはじめているのも確かだ。
「大きな道路ができたし、向かいにコーヒー屋さんもある。レストランやネパール料理のお店もあって、このあたりがちょっといい感じになってきていて。新しい賑わいの場所にならないかなと」
『穀町ビール』は醸造所である一方、バーとしての側面も持つ。ビール作りを一週間ごとに仕込み/瓶詰め/提供という三つのサイクルに分け、提供の週限定で醸造所内のバー・ビア兄(ビアニーニ)をオープンするのだ。閑静な住宅街で開かれるバーは、地元の人が集まる大人の秘密基地のようだ。
「三週間のうち一週間しか空いていないので、周期ごとに毎回来てくださる常連さんもいますね」
とはいえ、オープンする日が限られてしまうバーでは、ビールを求める人全員には届けられないというジレンマもある。だからこそ、これまで以上に製造や販売、流通に力を入れていきたいという。
「うちがお酒を降ろす先が増えれば、もっと身近で飲んでもらえる。仙台のどこの店に行っても飲めるというそういった環境になったらいいですよね」
地産地消のビール作りを目指して
今後、『穀町ビール』はどういうブランドになっていきたいか。この問いに対する今野さんの答えはぶれない。
「地元で作って、地元の人に飲んでもらえるビールを作る。その点は変わらないですね」
すっぱりと言い切る今野さん。その心意気は、地元の愛飲家たち確かに届きはじめている。今や『穀町ビール』は仙台駅内の酒販店でも手に取ることができるし、仙台産の大麦を使った「伊達じゃないビール」は、今夏限定生産した300本すべてが完売した。しかし、今野さんはしっかりと前を見据える。
「今、クラフトビールはブームなんです。その波が去っても、地ビールとして“穀町ビール”を残していきたい。そのために、もっと消費者のみなさんの身近なビールになりたいです」
地産地消。農作物の世界ではよく聞く言葉だが、ことビールに関しては馴染みがない。少なくとも、宮城の地のものを使用したビールを製造・販売しているのは、現時点では『穀町ビール』だけだ。ならばここから先、その味を愛し、広め、守っていくのは我々消費者の役割だ。
気の合う仲間や家族たちと存分に酒を酌み交わすことが、『穀町ビール』と東松島を応援することに繋がるのだから、愛飲家の皆さんは大義名分のもと、ぜひ高らかに乾杯してはいかがだろうか。グラスの中身はもちろん、『穀町ビール』で。
穀町ビール
住所:仙台市若林区石名坂34
HP:https://graintownbrewery.com/