塩釜発!極上のブランドマグロ「ひがしもの」が港の未来をつなぐ。
Vol.29
三陸塩竈ひがしもの (塩釜市魚市場買受人協同組合/塩釜市水産振興協議会)
北は北海道、南は九州・沖縄からマグロ船団が集う塩釜港は、全国有数のマグロの水揚げ量を誇る。昔から秋〜冬の時期に三陸沖で水揚げされる生のメバチマグロのおいしさは評判だったが、さらに広く知ってもらおうと、「三陸塩竈ひがしもの」(以下「ひがしもの」)としてブランド化を目指し始めたのは2003年のこと。10年もの歳月をかけてじわりじわりと認知度を上げ、今やシーズンになると「ひがしもの」を求めて全国から人が訪れるほどの人気ぶりだ。
知る人ぞ知る三陸塩竈の「メバチ」をブランド化
栄養分に富んだ親潮が、南から流れてくる暖流の黒潮とぶつかる稀有な漁場として知られ、北東大西洋海域、北西大西洋海域と並んで「世界三大漁場」と名高い三陸沖。そんな三陸沖を目の前に望む塩釜港では、9月中旬から「ひがしもの」と呼ばれる旬のメバチマグロが登場する。今や1年通して気軽に、世界中のマグロが手に入る時代において、地域性や旬を感じることのできる珍しいマグロが「ひがしもの」だ。鮮度、色つや、脂のり、旨み、すべてにおいて目利き人(仲買人)の目にかなったものだけが「ひがしもの」を名乗ることができ、その競りともなると魚市場は活気に溢れる一方、まるで戦場のようにも思える気迫と緊張感が漂う。それだけ需要の高い逸品なのである。
「『ひがしもの』のブランド化に乗り出して十数年になりますが、ようやく周知されてきたと言えます。ブランドマグロとして定着させるまでには大変な苦労がありました」と語るのは、塩竈市魚市場買受人協同組合常務理事の阿部成寿さん。ブランド化へ取り組むきっかけは、宮城県の「みやぎの水産物トップブランド形成事業」による働きかけだった。塩竈市魚市場の水揚げの主力といえば、夏漁の花形である巻き網船クロマグロと、延縄による脂ののった旬のメバチマグロ。ブランド化しPRするなら、とこの2つのマグロが候補に上がったが、専門家の間ではクロマグロは今後の水揚げ量が不透明な部分があるとされていた。実際にその後、クロマグロは日本太平洋で不漁となった時期があり、また、国際的な漁獲制限対象となり、今後長い目で見て確実に続けられるものとして、秋のメバチマグロが選ばれた。メバチマグロは通年穫れる魚だが、時期によって良し悪しが異なり、品質がぐっと上がるのは9月中旬〜12月。つまり、「ひがしもの」として出荷できるのはたった4ヶ月足らずというわけである。
組合認定の目利き人による厳しい基準
昔から秋口の三陸沖でとれたメバチマグロは「ひがし」「ひがし沖」などと呼ばれ、マグロを扱う人々の中では脂がのっていて美味なことは有名だった。このメバチマグロは、北太平洋上をイワシやサンマ、イカなどの餌を追いかけながら回遊し、黒潮に乗って日本近海へやってくる。そして恵まれた餌場である三陸沖で、良質な餌を飽食したマグロたちは脂をたっぷりと身にまとい、大きくなる。
「もともと東京方面ではよく食べられていたメバチマグロですが、冷凍ものが多かったため、どうしても『メバチ』は『本マグロ』より格下と思われていました。ですが、本来の新鮮な味を知っている人からすれば、その時期のメバチマグロは本マグロに決して劣らないと定評がありました」と阿部さん。そこで「天然もので、冷凍保存を施さない生のメバチマグロであること」を「ひがしもの」の定義の一つと定め、旬のメバチマグロの本当のおいしさを広く知ってもらうことを目指した。
この「ひがしもの」ブランド最大の特徴が、それを認定する一握りの仲買の目利き人たちである。「ひがしもの」は「鮮度」「色つや」「脂のり」「うまみ」に優れていることが条件とされ、組合が認めた目利き人でなければ「ひがしもの」と認定することはできない。認定業者は2022年時点で25社あり、10本水揚げされたメバチマグロのうち「ひがしもの」は1本あるかないか、というほど厳しい目で品定めされる。マグロの目利きにおいて豊富な経験と実績を持ち、信頼できる眼力を持った目利き人が厳選するからこそ、『ひがしもの』の価値が確かなものになる。「マグロ自体の良さだけでなく、目利き人の質も合わせてのブランドということです」と阿部さんは話す。
「ひがしもの」に認定される条件
●千島海流(親潮)と日本海流(黒潮)がぶつかり合う三陸東沖漁場で鮪延縄船によって漁獲されるメバチマグロであること
●塩竈市魚市場に水揚げされ、9月から12月までにかけての期間限定であること
●天然もので、冷凍処理を施さない生のメバチマグロであること
●「鮮度」「色つや」「脂のり」「うまみ」などを兼ね備えたもので、塩釜の目利き(仲買人)としての誇りと確信をもって提供できるものであること
●以上の条件を満たし、40kg以上であること
ベテラン目利き人の岸柳乃布夫さん(岸柳水産)は、「ひがしもの」について次のように語る。
「目利きに関しては当初から随分厳しくやっていますよ。ブランドというのは、何年もかけてやっと定着させることができるものですが、その信用が崩れるのは一瞬です。わずかな気の緩みや妥協が、これまで育ててきた『ひがしもの』の価値を下げてしまう。そうならないように、みんなで協力してやっているんです」
「ひがしもの」を見極めるポイントは、まず大きくむっちりとしていること、尾の断面がきれいな赤ピンク色でつやがあり、脂のりがいいこと、エラの形が整っていること、腹の色が鮮やかなこと、目が澄んでいることなど、長年の経験がなければ判断がつかないことばかり。しかも実際に出荷され、解体してみなければ本当の色つやや脂のりは分からないので、いかに目利き人たちが確かな目を持っているかが伺える。こうして選びぬかれた「ひがしもの」は身質が甘く柔らかで、ねっとりとした舌触りが特徴。脂は乗っているもののくどさはなく、口の中でしっかりと旨みが残り、鼻から抜ける香りも豊かで品がある。
加えて、「ひがしもの」は延縄(はえなわ)漁によって漁獲されていることも、価値を高める要素の一つ。巨大な網を使って魚を囲い込むまき網漁は、一度に大量に捕獲できるため効率は良いものの、他の魚体も一緒に捕獲してしまうことで魚体同士の衝突の傷などが懸念される。しかし延縄漁は1本の長い縄に約3,000本の釣り針が付いた枝縄を海中に垂らす漁法で、1本釣りに近いため、身質を落とすことなく、ムダな魚体を獲らない「資源にやさしい漁法」と言われている。
安心・安全を裏付けるトレーサビリティを導入
「ひがしもの」の価値を高める取り組みの一つとして、トレーサビリティ(商品の生産から消費までの過程を追跡すること)がある。「ひがしもの」として競り落とされたメバチマグロにはナンバリングとQRコードが載ったシールが貼られるが、QRを読み込むと、いつ・どの船が・どこの位置で水揚げしたメバチマグロなのかがわかるようになっている。コストのかかる施策ではあるものの、ブランディングには必要不可欠だと阿部さんは語る。
「マグロは一般的に、消費者の皆さんの口に入るときには刺身のサイズになっていますよね。そうなると、元の大きさや形が見えず、いくら『天然もののメバチマグロです』と言われても信用できないというか、ピンと来なかったりします。産地偽装なども問題になっている今だからこそ、しっかりと証明を付けることで、安心・安全なブランドマグロとして食べてもらえると思っています」
また、「ひがしもの」はマグロの取り扱い業者のすべての店舗が取り扱いを行っているわけではない。組合に設置する認定業者審査委員会において一定の基準を満たし、承認された店だけが販売できるとされており、販売店かどうかを判断するにはHP上での確認か、取り扱い認定証や「ひがしもの」のロゴマークが入ったのぼり・ポスターが目印だ。「ひがしもの」という名称も、登録商標を取得しているため組合の許可なくお店の広告などに使うことはできない。ブランド化を推進し始めた当初は、自治体や組合のメンバーが現場検証に行くなどして徹底を図っていたが、ブランドが浸透するとともに、「あのお店で『ひがしもの』を提供していたが、時期が違うのではないか」という問い合わせが組合に寄せられるなど、消費者がその役目を果たしてくれるようになった。「ひがしもの」の認知度アップそのものが、ブランドを守る体制の確立に繋がったのである。
地域ブランド創出がもたらす地域の賑わい
誰もが知る「大間のマグロ」も、現在のような知名度に至るまで10年以上かかっている。食品のブランド化には途方もない時間と手間がかかることを、「ひがしもの」の取り組みで身にしみて感じたという阿部さん。せっかくその名が知れ渡り人気が出ても、紛らわしい類似品が出回ったり、気候の変化で安定供給が難しくなるなど、些細なきっかけでブランドが廃れてしまうことは珍しくない。それでも、地域ブランドの創出によって得られるものは大きい。
「今では『ひがしもの』を求めて全国から多くの人が集まります。そうすることで、メバチマグロだけではなく、塩釜の他の特産品と人々が出会うきっかけを作ることができ、塩釜の活気に繋がっています」
地域ブランド創出とともに、相乗効果で港の賑わいをつくる施策も図られた。2018年に市場の見学通路を使ってマグロについて学ぶことができる学習施設「塩竈市魚市場おさかなミュージアムSeri-miru」がオープン。塩釜の旬の魚を紹介するブースやマグロの漁獲が学べる展示、クッキング教室を行う魚食普及スタジオといった幅広い世代が楽しめる設備が揃い、市場の2階から競りや水揚げの様子を見学することも可能だ。このように、「ひがしもの」を入り口として、塩釜という地域を盛り上げていくさまざまな工夫を凝らしている。
港の未来を守るためにできること
今後の展望は、「第2、第3の塩釜港ブランドを立ち上げること」と阿部さんは話す。世界的に魚食が普及したことから需要が増し、世界の漁業と養殖業を合わせた生産量は増加し続けている。それに対し、日本の漁業総生産量は1984年をピークに減少しており、現在はピーク時のほぼ半分。海洋での漁船漁業において中国などの台頭が著しく、日本は国・地域別で8位に後退している。日本の漁業は危機的状況にあると言っても過言ではない。
「宮城は塩釜、石巻、気仙沼と大きな港が3つもある稀有な地域ですが、船も漁獲量もどんどん減っている中、今後ますます港を維持することは厳しくなっていくでしょう。港の未来を守っていくためには、『ひがしもの』のように付加価値のあるものを発信し、販路を増やしていく必要があると考えています」
いい魚が揚がる港には活気が生まれ、活気のある港には自然と人が集まっていく。塩釜独自の資源を磨き上げ、見事ブランド化に成功した「ひがしもの」のように、地域の未来を切り拓くブランド開発に大きな期待が寄せられている。
三陸塩竈ひがしもの (塩釜市魚市場買受人協同組合/塩釜市水産振興協議会)
住所:宮城県塩竈市新浜町1-13-1
TEL:022-362-2284(塩釜市魚市場買受人協同組合)