七変化する登米の伝統食材「油麩」 その魅力を全国に届けたい

Vol.58
株式会社山形屋商店

家庭には、それぞれ慣れ親しんだ「家庭の味」がある。「仙台麩」は、そんな家庭の味にいつの間にか溶け込んでいる、特に宮城県北部の郷土料理に欠かせない食材だ。ときに副菜として煮物に合わせて、ときにメインとして食卓の顔に。仙台・宮城圏の人なら誰もが一度は口にしたことがあるだろう油麩は、昔ながらの手作りの味を守りながら、時代に合わせ進化し続けている。
今回はその立役者であり、次々と新しいことにチャレンジし続ける山形屋商店4代目山形さん・山形英之さんに話を伺った。

明治末期から続く、登米の食卓を支えた伝統の味

「受け継がれてきた伝統の技と経験こそが私たちの自慢」と話してくれた代表取締役社長・山形英之さん。

麩の歴史は古く、その始まりは鎌倉時代とも、室町時代とも言われている。中国から伝わり、肉食を禁じられていた禅僧の貴重なタンパク源として食されてきた。小麦粉から取り出したグルテンにもち粉を加えて成形し、茹でたり蒸したりしたものを「生麩」、同じくグルテンに小麦粉を加えて棒状に成形し、焼いたものを「焼き麩」、揚げたものを「油麩」という。京都の「京小町麩」、石川の「加賀麩」、山形の「庄内麩」、新潟の「車麩」など、麩は地域の食文化と密接に関わりながら発展してきた。その中でも油麩は、登米地域で主に食されてきた伝統食材だ。

「弊社はもともと豆腐店として、豆腐や油揚げを作ってきました。1909年に先代の祖父……私にとって曽祖父にあたる人物が事業を継承し、考案したのが油麩の始まりです」と話してくれた山形さんによれば、冷蔵技術がなかった当時、夏場になると油揚げも豆腐もすぐに傷んでしまうという課題があったという。油麩は小麦粉を油で揚げたもので保存に適しており、食味がよく、栄養価も高い。米どころ・宮城は年貢として米を収めていたため代用食として麦の栽培にも力を入れていた歴史があり、小麦粉から作られる油麩は料理の幅を広げる食材として重宝され、事業が低迷する夏の定番商品として定着するようになった。現在は全長7mの独自のフライヤーを導入し、安定した品質の油麩の生産に務めている。揚げムラをなくすために回転させながら揚げることで表面は美しいきつね色になり、油麩特有の香ばしさとサクサク感が生み出されるのだ。

 

油麩の100グラムあたりの栄養成分はエネルギー/547kcal、タンパク質/24.3g、脂質/35.4g、炭水化物/33.6gと、メイン食材としてのポテンシャルを秘めている。

 

発想の転換で跳ね除けた逆境、「B-1グランプリ」が追い風に

今でこそ宮城県内では定番食材となった油麩だが、登米地方の特産品となる道のりは険しかった。物産展や商品の展示会などに参加しPR活動に力を入れていた山形さんだが、「麩といえば関西の”生麩”や日本海側の”焼き麩”が一般的で、”揚げる”というのがどうも受け入れられ難かったようなのです。県外で開催される物産展などでも、丁寧に説明してなんとか買っていただけるといった有り様でした」と当時の苦い思い出を振り返る。
どうしたら登米の油麩の魅力を多くの人に知ってもらえるのか。
山形さんの頭に妙案が浮かんだ。
「名前を変えてみてはどうだろう、と思ったのです。敬遠される原因となっている”油”という言葉は使わず、特産品に相応しい名前を、と」
目に止まったのは、イベント帰りのホテルで視聴していた天気予報。宮城県の天気を示すのに「仙台」と記載されているのを見た山形さんは、「これだ!」と直感したという。
「登米市や大崎市が名産の”仙台牛”と同じ理屈で、”仙台”と名付ければどんなに遠方の方でも東北の一地域のものだということがひと目で分かると思ったんです。近隣県からは渋い顔をされましたが、結果として認知度はぐんと上がりました」

1999年にオリジナルキャラクター「ふくちゃん」と「仙台麩」の文字で商標登録、2008年に「仙台麩」として改めて商標登録し、定着を図った。

さらに認知度アップの追い風となったのが、2000年代後半、全国のご当地グルメが一堂に会する「B-1グランプリ」に宮城県のご当地グルメとして初めて「油麩丼」がエントリーしたこと。カツ丼と同じ要領で煮汁を作り、肉の代わりに油麩を入れて卵で閉じ、白米に盛り付けた丼ぶりメニューはメディアを通して全国に広まり、油麩の認知促進の大きなきっかけとなった。

 

取引先からの要望には真摯に応え、可能性を模索

山形屋商店の「仙台麩」はスーパーなどで通年で購入できるほか、県内のホテルや飲食チェーン店、学校給食などでも提供されている。「特に飲食店や給食事業者などから多い要望が、”もっと小さくできないか”というもの。弊社のレギュラー商品は直径約6cm、長さが25〜6cmを超えるため、もう少し小さければ扱いやすくて助かるというお声をいただくことがありました」。
そこで業務用に開発したのが「ミニ仙台麩」のスライスだ。直径をレギュラー商品の半分ほどに押さえ、仙台麩の美味しさをそのままに食べやすさ・使いやすさの面でパワーアップした。麩の味噌汁といえば焼き麩が使われることがほとんどだが、仙台麩が入ることで全体的にコクが増すのもポイントだ。

飲食店からの要望としてもう一つ多いのがインバウンド対応である。
外国人観光客や留学生などが安心して食事を楽しめるようにするには、認証取得が最も分かりやすく、効果的だったという。「幸いなことに仙台麩の原料は主に小麦粉と大豆油で、ヨーロッパやアメリカに多いヴィーガン(完全菜食主義)の方や、宗教的に食事制限が多いイスラム教徒の方でも食べられるようになっています。その事実を視覚的により明確に伝えるため、2018年6月に”ヴィーガン認証”、同年7月に”ハラール認証”を取得しました」。認証取得した2年後には新型コロナウイルス感染症の流行でホテルや飲食店、給食事業者などからの発注がほとんどストップし、営業活動もままならないなか「耐え忍ぶしかなかった」という山形さんだが、コロナ禍が明け再び好調の兆しを見せている今こそ、さらなるPRが重要だと考えている。

現在もtbcラジオで毎週木曜日に放送されているラジオCMは、2014年・15年の2度にわたり「仙台広告賞」を受賞している。

取引先やイベントなどで出てきた要望に応えるために努力を惜しまない。その姿勢の根底には、登米で育まれた伝統の味をより多くの人に知ってほしいという純粋な想いが込められている。

常識を覆すレシピ提案の数々に脱帽

「油麩・仙台麩」といって真っ先に思い浮かべる料理といえばなんだろう。
「B-1グランプリ」に参加した経験がある登米の郷土料理「油麩丼」。豚肉の代わりに油麩を使った家庭料理の定番・肉じゃがならぬ「麩じゃが」。シンプルに味噌汁に投入してもいい。
油麩を使った定番料理といえばこんなところかと思いきや、まだまだ無限の可能性を秘めている。「油麩は七変化する食べ物なんです」と誇らしげに語る山形さんが見せてくれたのは、47年間にわたって天皇家の料理番を務めた元宮内庁大膳課主厨長・高橋恒雄さんが考案したレシピの数々。「例えば、油麩を水で戻さず、そのままトーストしたもの。ジャムやマーマーレードを乗せてスイーツ感覚で楽しめますし、バターを塗ってガーリックパウダーと塩を振りかけたガーリックトーストや、クリーム状のバターを塗って生ハムやチーズを乗せた”カナッペ”にすればお酒のアテにぴったり。シンプルですが、今まで私たちが提案してきたのは煮物や炒め物が多かったため、私たち自身も”仙台麩”の新たな可能性に気付くことができました」。

高橋さんが考案したレシピの一部はホームページでも公開中。

トーストした仙台麩をいざ実食。お供はクロテッドクリームと、きのこを使った自家製パティ。サクッと口の中でほどける食感が楽しく、麩が持つ油分によってコクが増したパティとの相性はバツグン。
ちなみに山形さんが特に推しているメニューは「仙台麩酢豚風」。名前の通り、本来豚肉で作る酢豚を仙台麩で作るという。水で戻した仙台麩を唐揚げにし、あとは従来の酢豚の作り方でOK。もちもちとしながら肉感もあり、箸が止まらないおいしさになる。また、水で戻した仙台麩を豚バラ肉で巻く「仙台麩肉巻き」は子どもたちから人気が高い。
「東日本大震災の復興ボランティアのサポートで南三陸町や気仙沼市に出入りしていたとき、たまたま工場の前を通りかかって興味を持っていただけたことがレシピ監修の最初のきっかけです」と、山形さんは高橋さんとの出会いについて振り返る。

 

2種のパティをのせた麩のトースト(左)とミニ麩を使った味噌汁(上)、登米地方を中心とした家庭の味・麩じゃが(右)

 

地道なPR活動を一歩一歩、着実に

今後について話を伺うと、「これまで積み重ねてきたことを続けていくだけ」と謙虚に応える山形さん。参加する展示会の数を増やし、全国の飲食業界に、仙台麩の良さをPRしていく。それが山形さんとしての役割でもあるという。

山形さんは「きれいなデザインではなく、そこから一歩外れたデザインの広告を仙台駅や仙台市営バスの車内広告としして出すことで、”何これ”と思っていただくことが目的」と、あえて”今風”にしない広告づくりの意図についても話してくれた。

また、設備の関係で生産が限られる「ミニ仙台麩」の生産体制の強化と販路の拡大も、目下目標としているところ。設備を新たにするには、需要を見極めていく必要がある。生産数が限られる現在は登米市周辺の道の駅でミニパックを、通販で業務用の大袋を購入できるが、普段使いのスーパーで手に入る気軽さは捨てがたい。
その日を待ち望みながら、今夜の食卓に添えた「仙台麩」を楽しみたいところだ。

株式会社山形屋商店
住所:宮城県登米市津山町柳津字町16
TEL:0225-68-2066

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