共創によって、東北への旅に新たな出会いとストーリーを。

Vol.31
OF HOTEL(株式会社COMMONS.)

旅の時間。それは、日常の喧騒から離れた特別なひととき。普段はできない事をやってみたり、景色や食事やアクティビティを楽しんだりして、日ごろの疲れを癒す時間だ。
一方、旅で訪れる場所は「誰かの日常生活の場」でもある。それは地域で日々を営む人たちの生活の場であり、また、旅行者を相手に働く人たちにとっての仕事の場でもある。つまり、旅行者がふだん過ごす「じぶんの日常」と旅先で滞在する「誰かの日常」は、実は地続きなのである。
『OF HOTEL』(オブ ホテル)は、フロントを中心とする運営業務にとどまらず、地域の交流イベントやその会場提供、情報発信などを通じ「日常と非日常」「旅する人と地元の人」をつなぐライフスタイル提案型ホテルとして、2022年7月にオープンした。今回は『OF HOTEL』を運営する株式会社COMMONS.の事業部長、高橋 元(たかはし げん)さんにホテル開業の経緯や今後のビジョンについてお話を伺った。

東北へのこだわりが詰まった宿泊施設

打ちっぱなしのコンクリートの壁面が印象的な『OF HOTEL』外観。
東北の風景や自然をモチーフにしたエントランスのデジタルアート。

地元の学生やサラリーマン、県外から訪れた旅行者や出張者など多くの人が行き交う仙台駅。ここから駅前通を歩き、花京院交差点を国道45号線に入ってすぐのところに、『OF HOTEL』はあった。スラッと白く細長い、スマートな外観。打ちっぱなしのコンクリートの壁面には溶け込むように『OF HOTEL』のサインが入っている。
かつてここは築47年のビジネスホテルが建っていた場所。『OF HOTEL』のプロモーション・キーワードには「東北仙台に一棟丸ごとリノベーション」というものが含まれている。かつて出張で訪れたビジネスマンや観光客に愛されてきたものの、時が経ち老朽化した町の小さなホテルと、その周辺の街の景観をリノベーションで再生したのが『OF HOTEL』というわけだ。
入口の小階段を上がっていくと、エントランスで足元に投影されるデジタルアートが来館者を迎える。このデジタルアートのモチーフには東北の風景や自然が施されており、来館した人は、入口に立った時点で早くも『OF HOTEL』の東北へのこだわりを体感することになるのだ。それにしても『OF HOTEL』の事業には、東北創生のストーリーが脈々と流れているのを感じる。

日常と非日常が交差する場の提供を目指して

「旅の醍醐味は、その土地の魅力的なコンテンツとの出会いにある」と話す事業部長・高橋さん。

ホテル館内へ入り、ほどなくして高橋さんが現れた。イベント企画やSNSを通じたプロモーションにも精力的な高橋さんに、まず事業のコンセプトについて聞いてみた。
「OF HOTELは“ローカル・セッション(地域、東北との出会い)”をコンセプトにしています。旅で訪れた人たちが、東北の多種多様なコンテンツと出会うことによって刺激や学び、新たな発想を得られるようにするのが私たちの目指す姿です。そしてそれらコンテンツを、私たちが提案する“日常と非日常が交差する場”からお届けしたいと考えています」。
高橋さんは、旅の醍醐味とは観光だけではなく、日常と非日常が調和する空間の中で、その土地が持つ魅力的なコンテンツと“出会うこと”にあると捉えていた。
昨今、旅のスタイルや在り方そのものが大きく変化している。その土地で暮らす人々と同じ生活を体験する「暮らすような旅」や、都会の喧騒から離れた土地で休暇を楽しむように仕事をする「ワーケーション」などが訪日外国人旅行者やテレワーカーを中心に人気だ。このように旅行者にとって旅する目的が多様化しているため、受け入れる地域の観光事業者も多種多様なコンテンツで応える必要が生じてきたのである。事業者によっては重くネガティブに捉えてしまいそうなこの状況。しかし、高橋さんは「むしろチャンス」と前向きに捉えていた。

東北の“いいところ”を伝える。それが『OF HOTEL』のミッション

「学生時代に滞在した、米国の友人が持つ価値観に大きな影響を受けました。それは日本にありがちなスクラップ・アンド・ビルド(古きを棄て、新しきをつくる)ではなく、“古き良きものを活かす”という価値観です。私は生まれも育ちも東北。日常・非日常それぞれの面において、東北にはたくさんの魅力的なコンテンツがあるのを知っていました。また、地域行事や伝統工芸品などを創り育て上げる豊かな感性やマインドも、東北ならでは。それら東北の永く受け継がれてできた、今の“いいところ”を点から線、線から面へと展開し、内と外とに関わらず、まだ知らない人たちへ伝えていきたいのです」と高橋さんは言葉をつないだ。
『OF HOTEL』では、ターゲットを観光客や出張者ではなく、もっと広げた意味づけをすべく「ワーカー」と呼んでいる。旅の目的が多様化する今、高橋さんをはじめとする『OF HOTEL』もまた、受け入れる事業者としてアイデアを絞り出し、受け皿を拡げようとしているのだ。

世代や住む場所の違いを超えた、革新的ストーリーの共創

クリエイターや地域の人たちによる共創と交流の場・LOUNGE(ラウンジ)。

「共創」をテーマに事業を推進しているのも『OF HOTEL』の注目すべき点だ。東北に縁やゆかりのある建築家やクリエイター、不動産コンサルタントたちがブランドづくりのアイデアを結集させ、『OF HOTEL』の多種多様なコンテンツをみんなで創り出している。
例えば、建築プロデュースを手掛けるのは秋田県生まれの建築家・納谷 新(なや あらた)氏だったり、グラフィックデザインは2012年に仙台市の事業「とうほくあきんどでざいん塾」でコーディネーターを務めた『株式会社 BLMU』の代表・松井 健太郎(まつい けんたろう)氏が担っていたりと、まさに東北における「共創」の先進モデルを推進しているのだ。そのほか、エントランスのデジタルアート制作は東京、仙台、ロンドン、サンフランシスコに拠点を置くビジュアルデザインスタジオ『WOW』が、同じくサウンドデザインは仙台拠点のヒップホップユニット「GAGLE」のMC・HUNGER氏が担当している。
また、東北の学生によるアートやクラフト系イベントの会場提供やPR支援を行ったり、ホテルの地下にあるレストラン『水と酒 三花(ミケ)』で東北の食材を使用したフードや地酒、ワインを提供したり。『三花』では使う水まで東北産にこだわる徹底ぶりだ。
「東北の“いいところ”といっても、それを知っているかどうかは世代や住む地域によって大きく違います。例えば、高齢の方々が古き良きものをよく知っていても、若者たちは知らない場合が多いですよね。新しいものはその逆。つまり、そういった東北の“いいところ”に対する認識のギャップを埋めるために、世代や立場の異なる人たちがアイデアを持ち寄り、“普遍から生まれる革新的なコンテンツ”を生み出し、発信していこうと考えたのです」と高橋さん。
地域には、その土地で生きる人たちのストーリーがある。訪れた人が、それらストーリーにふれることで新たな価値観と出会い、また、住む地域や場所を超えた「人としての普遍的な感動」を体験してほしい、という高橋さんの想いは強い。エントランスに立ったときに感じた『OF HOTEL』の事業のストーリー性は、鮮明で斬新な戦略そのものだった。企画・運営に携わる多種多様なプレイヤーはもちろん、訪れたワーカーや地域の人たちが「共創」することで紡ぎ出される、東北を舞台とした新たな「出会いのストーリー」が始まろうとしていた。

落ち込んだ東北の旅行市場をみんなで再盛していきたい

LOUNGE(ラウンジ)は朝食会場にもなる。東北の魅力と出会う朝はここから。

最後に、高橋さんへ『OF HOTEL』の今後のビジョンを聞いた。
「昨今の新型コロナ感染症の流行によって、全国の宿泊施設は軒並み経営的なダメージを受けました。生活者の旅へのニーズの変化もあり、私たちは常にリブランディングしていかなければならない状況に立たされています」。高橋さんは、現在の旅行市場の厳しい現実を直視しながらも、こう続けた。
「今、ホテル予約におけるお客様の動向として、旅行サイト経由以外に直接ホームページなどからアクセスしてくる方々が40%を超えています。つまり、直接ホテルを目指して来訪するお客様が多いということ。宿泊だけでなく、それを支えるカフェなどの飲食店やショップの企画・運営をはじめ、さまざまなコンテンツ創出・マーケティング・PR活動を通し、市場環境に左右されない宿泊施設の確立を目指していきたいと思っています」。
「また、コロナや生活者ニーズの変化によって困っている事業者がいるのも確かです。“共創”をキーワードに、そういった事業者の支援やコラボレーション企画などにチャレンジしたいですね。そして落ち込んでしまった東北の旅行市場を、一緒に再盛していきたいと考えています」。
高橋さんが推進する「共創」による取り組み。それは、旅における新たな出会いやストーリーを創造するだけでなく、日常と非日常、訪れる人と地域の人、そして事業者と事業者をつなぐことで、東北の持続可能な経済活性化に貢献しうるものでもあった。

OF HOTEL(株式会社COMMONS.)
住所:宮城県仙台市青葉区花京院1丁目4-14
TEL:022-748-5772

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